はじまりの焚き火
夕日が森の向こうに沈む頃、悠真たちは開けた草原にたどり着いた。
「今日はここで野営だな。水場も近いし、獣の気配もない」
ザイドが言い、バスはうなずいて荷物を下ろした。
「焚き火……火なら任せろ」
バスが手際よく薪を組み、火打ち石を打つ。火花が舞い、じわりと温もりが広がる。
「ほう……やるじゃん。意外と野営慣れしてるのね」
セラが、気だるげにマントを広げながらあぐらをかく。
「意外とは余計だニャ」
「語尾にニャつけるな!」
悠真は呆れながらも、火のそばに腰を下ろす。どこか……不思議な安心感があった。
つい先日まで、一人で異世界をさまよっていた彼にとって、焚き火を囲む仲間の存在は格別だった。
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「さて、飯はどうするんだ?」
ザイドが尋ねると、悠真が胸を張って言った。
「実は、こういうこともあろうかと――」
彼が取り出したのは、旅人用の非常食。塩漬け肉、干しパン、少量のスパイス。
「火があるなら、なんとかなるっしょ」
「ふむ……これをこうして、鍋に……いや、壺を使えば……」
バスがどこからともなく鉄製の鍋を取り出し、即席のシチューを作りはじめた。
「えっ、ちょっと待って。なにその技術力。鍛冶師だけじゃないの?」
「料理は武器と同じ。腹を満たせなければ戦えん」
「まったく説得力あるんだかないんだか……」
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――香ばしい香りが辺りを包む。
「おお……これは、うまそうだ」
「ノイ〜!」
器に盛られた簡易シチューを皆が手にする。
「……うん。悪くないわね。というか、普通においしいじゃん」
セラがもぐもぐと口に運びながら、思わず笑ってしまう。
「……なに?」
「いや、ただ。セラが笑ってると、なんかこっちも和むなって」
「~~っ! そういうこと言うなバカっ!」
セラがスプーンを投げてくるが、悠真はそれを軽く避けた。
「ま、こっちも言い過ぎたかもだけど」
「ノイノイ♪」
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食事の後、風が冷たくなってきた。
焚き火の音だけが、静かに夜を撫でていく。
誰かが歌い出すわけでもなく、語り出すわけでもない。
でも、それぞれがその静けさに身を委ねていた。
……そのとき。
「なぁ、おまえらは、何のために旅してるんだ?」
ザイドの声だった。
「……記憶を探してる」
バスが答える。
「オレは何者なのか、なぜここにいるのか。真実を知るために鍛冶を続けてる」
「私は……まぁ、流されてる感じ?」
セラが少し視線を落とす。
「でもさ、このまま、あの場所にいたら、自分が自分じゃなくなりそうだった。だから出てきたの。理由なんて、今はそれで十分」
「俺は――」
悠真は少し黙って、火を見つめた。
「……まだ分からない。ただ、進まなきゃって気がしてる」
「うん」
ザイドがうなずく。
「俺も似たようなもんだ。過去のこと、捨てたわけじゃない。でも、前に進むために戦ってる。それが今の答えだ」
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「……なぁ、チーム名とかさ、そういうの決めてなかったよな?」
悠真が言い出す。
「こうやって旅をしてると、呼び名があった方が、なんかまとまる気がするんだよね」
「悪くない考えね。というか、遅いくらい」
「じゃあ、何にする?」
悠真がみんなの顔を見渡す。
「放浪団とか?」
「……悪くない」
「いい響きじゃないか」
「……うん、いいかも」
「ノイ〜!」
静かに、だけど確かに、ひとつの名前が生まれた。
放浪団。
目的も過去も違う者たちが、ただひとつの焚き火を囲む。
この夜から、それはチームとしての最初の一歩になった。
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夜が更けていく。
セラはマントをかぶって、くるりと寝返りを打つ。
ザイドは剣をそばに置きながら目を閉じ、バスは武具の手入れをしている。
悠真は、火が揺らめくのを見ながら、そっとつぶやいた。
「……悪くないな、この旅も」
夜空には星が瞬いていた。