ドワーフはハンマーを忘れた
翌朝、目を覚ますと、ベッドの横にノイがいた。
「ノ〜イ……」
丸くなって寝息を立てている。
「……なんかもう、飼ってるっていうより、同居人って感じだな」
昨夜の騒動から一夜。野盗に爆発、報酬に宿泊券。まだ夢みたいな感覚が抜けないまま、悠真は起き上がって支度を始めた。財布代わりの革袋には、銀貨が数枚。宿屋の親父が言っていた。
『こっから南に行けば、鍛冶の村カンナってとこがある。いい装備欲しけりゃ、そっちに向かうといい』
「南ね……徒歩しかないけど、まぁ行ってみるか」
ノイを肩に乗せ、地図を片手に森を抜ける。
道中、モンスターは出なかった。代わりに、道の途中でガッシャン! という妙な音が響いた。
「な、なんだ今の……?」
少し進むと、岩の陰に――
「ハンマァァァアアアアーーッ!!」
と絶叫している小柄な男がいた。
「……うわ、ドワーフだ」
分厚い胴体、筋肉質な腕、編み込んだヒゲ。そして脇に転がっている壊れたカート。どう見てもファンタジー世界の職人代表、ドワーフ族である。
「おい、そこの兄ちゃん!」
「は、はい?」
「ハンマーがない!! ないんじゃぁぁああ!!」
「……落ち着いて!? あと初対面だよね!?」
話を聞けば、このドワーフは名をバス・グリモルというらしい。
「記憶が……ないんじゃ。気づいたらここにおって、気づいたら荷車だけがあって、ハンマーが……ない……」
「いや、それ記憶喪失ってやつでは」
どうやらバスは、自分が鍛冶師だったこと、旅をしていたことは覚えているものの、自分の武器や目的を忘れてしまったようだ。
「とりあえずさ、目的地ある? 俺、南に向かうんだけど」
「む、鍛冶の村カンナか。よかろう、同行してやろう」
「え、そっちが頼む立場じゃない?」
「ノイ」
「おぉっ!? 毛玉がしゃべった!?」
「ノイはしゃべらないよ。なんとなく語感だけ伝わるんだ」
「なにその能力。ずるいわ」
そんなわけで、一人と一匹と一ドワーフは、南の道を進み始めた。
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道中、バスはやたら石を見たり、木を叩いたりしていた。
「うむ……この岩は鋼鉄に不向き」
「何してんの?」
「ハンマーがないなら、作るまで。材料を集めるのが先決よ」
「……あ、意外とちゃんと考えてるんだ」
「当然よ。鍛冶師とは即興の職よ。火がなくとも炉を作り、鉄がなくとも代用する。すべては腕次第――」
「……かっけえ」
昼過ぎ、三人が川辺で休憩していると、草むらがガサッと揺れた。
「おっ、モンスターか?」
「モフモフか?」
「違う、来るぞ! 構えろ!」
だが、武器などない。悠真は拾った枝を構え、バスは拳を握りしめる。
現れたのは――でっかいイノシシ。背中に岩のような甲殻を背負った、まさに異世界風野生獣。
「これは……《ロックボア》!?」
「知ってんの!?」
「わからんが、なんとなくそんな気がした!」
バスが突っ込む。
拳を振り上げ、ボアの顔面にぶつける!
「おおおおおおお!! ドワァァァアアアアフッ!!」
「なんで名前叫ぶの!?」
ロックボアが転倒し、ノイが飛び上がって「ノイッ!」と鳴いた瞬間、足元でまたしても小爆発。
「うぉっ!? またかよ!」
煙の中、悠真が駆けて木の棒を振り下ろす。……当たらない。だが、ロックボアはすでに怯えて逃げていた。
「……勝った?」
「いや、これは……ノイが強すぎるだけでは」
「ノ〜イ♪」
とりあえず、悠真たちはそのままカンナ村へと向かった。
村の入り口で、バスが立ち止まる。
「なにか思い出した?」
「……いや、ただ腹が減った」
「そっちかー!」
そして三人は、鍛冶の煙立ちのぼる村へと足を踏み入れた。
旅の始まりにふさわしい、トラブルと出会いの一日。次に待つのは、炎とトカゲと、そして元王子――