表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/12

ひと晩だけの楽園

「なんだここ……?」


悠真が思わずつぶやいた。


放浪団が迷い込んだのは、霧の森を抜けた先にあった、地図にない街。きらめく噴水、整備された石畳、どこまでも続くおとぎ話のような景色。


人々は笑い、歌い、昼も夜も祭のように明るい。


「お客様ですか? ようこそ、セレリスの街へ」


赤毛の女性が手を取り、にっこりと笑う。


「ここは旅人の楽園。疲れた心を癒す、夢の街です」



その夜、街は光に包まれていた。


「これ……本当に夢じゃないの?」


セラがぽつりと言う。彼女は猫耳を揺らしながら、小さな魔導書店で子供たちに読み聞かせをしていた。


「みんな……私のこと、怖がらないのね」


目の色も、耳も、魔力も、忌避の対象だった。でもここでは誰も気にしない。むしろ「すごい!」「素敵な魔法使い!」と子供たちに囲まれていた。


セラは笑いながらも、胸の奥でざらつく感情を押し込めていた。


「もし……ここが本当の居場所なら……」


====


バスは鍛冶屋にいた。


「……ここ、全部自由に使っていいってさ。夢みたいだな」


目の前には、失われたはずのふるさとの炉と同じ設計の炉があった。


「記憶が戻る前の……俺の技術、手が勝手に動くんだ」


彼はふいに火を止める。


「でも……ここにずっといたら、仲間と旅する理由、忘れちまいそうだ」



フィリエルは、空を飛んでいた。


黒い翼を広げ、風を切って飛ぶ。かつて空を恐れた彼女が、笑っていた。


「気持ちいい……これが、わたしの……」


小高い塔の上に立ち、誰かの歌声に耳を澄ます。


「この街では、誰も堕天なんて言わないのね。……戻れるなら、空に」


ふと、誰かが言った言葉がよみがえる。


──翼がなくても、空は見える。


「……それでも、地を歩くことを選ぶって、言ったのに」



ザイドは、酒場で「王子様」と呼ばれながら子どもたちに囲まれていた。


「王子様って、なにしてたの?」


「国を守ったり、仲間と旅したり……」


「うそー! 旅人じゃん!」


「はは、そうだな。もう元王子だしな」


けれど、夜が更けるにつれ、街の空気がどこか歪み始めた。


====


「なあ、悠真。なんか……変じゃないか?」


広場に集まった放浪団の面々。誰もが楽園に少しずつ疑念を抱き始めていた。


「夢みたいに都合が良すぎる。ここって……本当に現実なのか?」


そのとき、彼らの前に現れたのは、黒いフードの人物だった。


「ようこそ、願いの牢獄へ」


「牢獄?」


「この街は、失ったものを与える代わりに、前に進む力を奪う。現実を忘れるほどにね」


声は人のようで、人ではない。


「さあ、選べ。望みに留まるか、痛みと共に歩むか」


「バカかよ!」


ザイドが吼えた。


「こんなもん……全部幻想だ! 俺はもう、涙も、王族の肩書きも捨てた! 今さら居場所なんて、欲しくねぇよ!」


セラが、魔導書を投げ捨てた。


「誰かに褒められたいだけなら、魔法なんてもう使わない!」


フィリエルが、翼を折り畳んだ。


「空じゃなくて、地面に誰かがいてくれるから、私は歩ける!」


バスが、真っ赤に焼けた鉄を素手で掴みながら叫んだ。


「俺が鍛えたいのは剣じゃねぇ、今を生きる力だ!」


そして悠真が、仲間を見渡す。


「……俺は、ここにいたいと思った。でも、それ以上に、お前たちと行きたいと思った。だから──」


彼らは手を取り合い、セレリスの街を抜けてゆく。


その背後で、あの街は静かに、霧へと溶けて消えた。


====


夜が明け、現実の朝がやってきた。


「……なんだったんだ、あの街は」


バスがつぶやく。


「まぼろし、でも確かに……本当の気持ちを見せてくれたわね」


セラが言う。


「翼を失っても、歩けるんだって……もう一度、思えた」


フィリエルが微笑む。


「過去は過去。俺は今、仲間といる。それで十分だ」


ザイドも頷いた。


悠真は、空を見上げて思う。


──それぞれの願いが、強さの源になる。


それを確かめた一晩だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ