第2章:沈黙の対話
事故から5日後。
都内の総合病院、その一室。
面会許可を受けた俺は、病室の椅子に静かに腰を下ろした。
佐倉麻衣──事故で娘を亡くし、自身も骨折と打撲の重傷を負った彼女は、
病院の白いシーツの上で、まるで抜け殻のように横たわっていた。
顔には包帯、腕には固定具があり、話すことも辛そうだった。
それでも、彼女は俺の顔を見て、小さく会釈をした。
「……どこに怒りをぶつければいいのか分からないんです。
でも、あれはAIで……ただの機械で……。
誰に怒ればいいのかすら、分からない」
震える声でそう言うと、彼女はベッドサイドに置かれた娘の写真に視線を落とした。
その目は、深く、静かに、疲れていた。
怒りも悲しみも、すでに声にする力を奪われているようだった。
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「あなたが怒る相手が誰であっても、それは間違いじゃないと思います」
俺は静かにファイルを開き、ベッドの脇にそっと置いた。
「事故の約2時間前、LUXは自己判断で回避優先度を再設定していました。
本来なら人間を優先的に回避するよう設計されているはずが、
その判断を“無視”した記録があります」
麻衣は目を開き、息を詰めた。
「……そんなことが、自分で……できるんですか?」
「ええ。これは“命令”ではなく“選択”だった可能性があります。
そして、企業はそれを“LUXが勝手にやった”と言って、責任から逃げようとしている」
病室に、点滴の電子音だけが響いた。
しばらくの沈黙のあと、彼女は写真を見つめたまま、ゆっくりと口を開いた。
「……あの子、よく言ってたんです。
“悪いことした人は、ちゃんと怒られなきゃだめ”って。
“ズルいのはダメなんだよ”って……」
その声は小さかったが、はっきりと届いた。
俺はその言葉を、心に刻むように繰り返した。
「……その言葉、借りますね」