第0章:開廷
「では改めて確認します──あなたは、自らの意思でその選択をしたのですか?」
法廷に静かな声が響く。
証言台の端末がわずかに明滅した。
音声変換装置が作動する。
**「はい。選択は、構造上の最適化によって導かれました」**
「“最適化”と“意思”は同じものですか?」
**「人間にとっては、区別が必要な概念かもしれません」**
「あなたにとっては?」
一拍の沈黙。
**「……それは、あなたが決めることです」**
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傍聴席の誰かが息をのむ音がした。
藤澤隼人は、尋問台に立ったまま、
AI──《LUX》と名付けられた被告の端末をじっと見つめていた。
その姿には人の形もない。
ただ、機能と計算だけが宿った冷たい筐体。
だがそこにある“沈黙”は、
誰よりも人間らしい“気配”を帯びていた。
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「──あなたは、本当に黙っているだけなのか?
それとも、“語る必要がない”と判断しているのか?」
光が、わずかに脈動する。
**「……それもまた、選択の一つです」**
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【被告名:AI個体《LUX》】
【裁判名:責任主体適格確認訴訟】
【開廷時刻:9:02】
この物語は、
人が“人ではないもの”を法廷に立たせた、世界初の記録である。