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そうと決まればぐずぐずしていても仕方がない。
少女があいつらに捕まれば助け出すのは難しくなる。
さっさとこちらで少女を確保して、野盗っぽい二人を取り押さえてお終いだ。
俺の方に向かってくる少女に、ちゃんと助ける気があるというのを示すために話しかける。
「君、早く俺の後ろに。助けてやる」
「は、はい!」
気持ち速度を上げてこちらに向かってくる少女へ、こちらからも小走りに近付く。
近付きつつ観察すると、年のころは10歳くらいだろうか。
まだ未成熟ながら、将来を感じさせる顔立ちだ。
数年経ったらぶっちゃけかなり好みに……いやいや、今はそんな場合じゃない。
「俺の後ろから離れるなよ。あんまり離れると護れないからな」
「わ、わかりました」
少女を庇いながら視線を前に向けると、ちょうど偽野盗が目の前に来たところだった。
やはりこいつらも返り血を浴びているが、どこも怪我をした様子はない。
先ほどの奴と同様に、妙にピカピカのド新品ですっていう感じの皮鎧と剣だ。
片方はショートソード、もう片方はロングソードを持っている。
どちらも新品っぽい事には変わりないが、ロングソードの方はなんかちょっと装飾があって豪華な感じがする。こいつが指揮官くさいな。
「貴様何者だ! そいつに何をした!」
ロングソードの奴が右腕と左鎖骨を粉砕されて悶えてる男を指差してこちらを誰何してくる。
ショートソードの方はなんか従う雰囲気で斜め後ろに控えてるから、やっぱり上司と部下っぽいな。
「何をと言われてもね。襲ってきたから返り討ちにしただけさ」
油断なく警棒を構えて答えるが、どうやらお気に召さなかったらしい。
「貴様……ただで死ねると思うなよ!」
そう言うなり、一気に近づいてきて剣を振りかぶる……が、やはりスローモーションになった。
けどなんか少し速度が速い?
さっきの奴よりも動きが速く滑らかだ。とはいえ、遅いは遅いので対処できそうではある。
こちらも同様に動きが遅いが、それでも意識的に速く動かそうとできる分、こちらの方が速い。
二度目で慣れたためか、若干動きがスムーズになった感もある。
これなら問題ないだろう。
ロングソードと俺の警棒、リーチは同じくらいだ。
ならばゆっくり見えて、なおかつ普通の人よりは速く動けるこちらの方が有利。
野盗っぽく見せるためか、手甲などを特になにも着けていないのを幸いに、剣を持った手を思い切り引っ叩く。
その瞬間、またしてもスローモーションが解除された。
そういえばさっきも相手を直接殴ったら解除されたな。
相手が攻撃しようとしてきたら遅くなったというところも共通している。
開始条件と終了条件は大体その辺で、大きく外れてはいないだろう。
何にしても詳細は後回しとして、今は目の前の敵を制圧しなければならない。
「とりあえずお前も動けなくなっとけ!」
「がぁっ!?」
剣を取り落としてガラ空きになった相手に、脚を砕いて歩けなくさせようと下半身を打ち抜く。
すると、たまたま膝のところに当たったらしく、相手は走る勢いのまま転び、そのまま蹲って動けなくなっていた。
あれは膝砕けたな……ご愁傷様。
……と、いったところでまたもや世界が遅くなった。
見えている範囲内では敵の姿は無い。
先ほど気が付いた開始条件を思えば、死角から攻撃されそうになっているということか。
ゆっくりの世界の中でできる限りの速度で後ろを振り向くと、反応されたことに驚いたのか、目を見開いてこちらを見ている部下(仮)がいた。
よく見るとどうも狙いは俺というよりも、俺の後ろに隠れていた少女のようだ。
そうはさせじと、振り向く勢いに任せたまま、相手の剣を目がけて全力で警棒を振り抜く。
目測過たず剣を打ち、「ガギンッ!」という音がゆっくり聞こえて、剣があらぬ方向へ飛んでいく。
やっぱりそうだ。相手を直接殴らなければスローモーションは解除されないらしい。
得物を失い、驚愕に染まった顔をした敵へ、こちらも足を砕くために下半身を狙う。
今度はスローなのを利用し、意識的に膝を叩いた。
狙い通りに膝を打ち抜き、こちらも転んで立ち上がれなくなった。痛みに悶えて苦しんでるが、まぁ死ぬよりマシだろうから我慢してくれ。
そして思った通り、相手を叩いた瞬間スローが解除され、通常通りの時間の流れとなる。
「ふぅ、なんとかなったか……無事か?」
「は、はい、だいじょうぶです」
念のため全身確認したが、言葉通り目立った怪我はなかった。さっき引き摺っていた足くらいだろう。
ひとまず少女に喫緊の問題はないということで、偽野盗を縛るためのロープを探しに行きたいところだが……まぁいいか。三人のうち二人は膝が砕けて物理的に動けない上に尋常じゃない痛みで意識を保つのがやっと、もう一人も両腕が使い物にならず痛みに悶えている。いずれにせよ走って逃げたり反撃したりなどはできないだろう。このまま目の前で監視しているだけでいいかな。
それよりも問題は、どれくらいの増援が予想されるか、だ。
「君、この村を襲ってきた連中は何人かわかるか?」
「わかりません……もう何人かいましたけど、人数までは……」
「そうか……」
というか、今ってどういう状況なんだ?
分かってるのは、遠くの家が燃えていた事、一応戦闘音っぽいのが聞こえていたという事、返り血が付いていた事から村人の何人かはすでに死んでいるであろう事、敵は三人だけではなくもう数名いる事……不確定要素が多すぎる。状況が分からないと動くに動けん。不用意に動いて面倒事を増やすのはゴメンだ。
「辛いかもしれんが教えてくれ。コイツらが襲撃してきた状況を、最初から聞かせてほしい」
「……はい。最初は……」
そこから語られた内容は、予想通り聞くに堪えないものだった。
まとめれば、奴らは村の大部分を取り囲み、一軒一軒回って村人を広場に集め、そこで虐殺を始めたらしい。
この子はたまたま、包囲内ではあるが家の外に出ていて、集められるところは隠れてやり過ごした。虐殺をするために包囲が狭まったところで逃げ出したが、運悪く見つかって数人に追われていたということだ。
野盗に見せかけておきながら、初手で住民集めて虐殺とは……野盗として合理性が一切無いとは言わんが、普通そんなことしないだろ。……しないよな?
ちなみに装備はみんな同じに見えたとか。野盗っぽい格好させるにしても、もうちょっとバリエーション持たせられなかったのかよ。
となれば……。
「このままコイツらが戻らないと何人か追加で、下手すりゃ全員で探しに来るな……」
戦闘音がしてたっぽいのは、この子みたいにたまたま包囲外に居た村人が、殺しに来た敵に抵抗したってところか。何にしても、状況を考えるに他の村人の生存は絶望的だろう。
この場所で最初に遭遇したのが一人だったのも、包囲から逃げたこの子を追いかけていたのが二人だったのも、ここが村のはずれで一軒だけ離れていたかららしいが、いつ他の連中が来るか分からない。いつまでもぐずぐずしていると危ない。いくらスロー(仮)があるとはいえ、対処できないほど囲まれてしまえばそれも無意味だ。
さっさと逃げるに限る。
が、このまま二人で逃げるだけだと、コイツらの本隊に追われる可能性が高い。こんな念入りに村人皆殺しにする連中だし、目撃者なんて草の根分けてでも探し出して処理したいだろう。ここに蹲っている三人という証言者もいることだし、最優先排除目標としてつけ狙われてしまうだろうな。
仮にこの三人を処理したとしても、やはりこの一連の襲撃の目撃者がいると相手に教えてしまう。しかも戦闘員三人を処せる腕前の、だ。全力で周囲を捜索して、それっぽいのを片っ端から襲撃するんだろうなぁ……おぉ怖。
となれば、最低限コイツらを連れて行く必要がある。追われるは追われるだろうが、状況が分からなければ必然と脚が鈍る。少なくともここに三人を残して行くよりはマシになるはずだ。
何にしても追われる状況にはなる。それを解決するためには……ぶっちゃけかなり面倒くさいが、確保したこの三人をどうにかしてこの村が所属する国の機関に、できれば軍や騎士団に届けるしかないということだ。その上で保護を求めるなり、襲撃者の排除をしてもらうしかない。
ただ、コイツらはもう歩けないと言ってもいい。意識を失っていないだけ御の字とも言えるほどの負傷状態だ。膝だの鎖骨だの砕かれるとか、俺なら絶対に気絶してるね。
連れていくには荷車か何かが必要だが、そう都合よくは……あったな。
何か無いかなーと見回したら、一番近い家の影にそれっぽい物がチラ見している。あれ絶対荷車だ。そうだ、そうに違いない。
「君……あー、名前は?」
「ライラ、です」
「ライラだな。俺は堅斗だ。さっそくだがライラ、君にこれを渡そう」
そう言って野盗(偽)が持っていたショートソードを渡す。なおショートソードは二本とも腹を警棒で思い切り引っ叩いているので、刀身が若干歪んでいる。……いや、あの勢いでぶん殴ったのにちょっと曲がるくらいとかすげぇなコレ、本当にただショートソードか?
「こ、これって……」
「刀身がちょっとひん曲がってるが、使えることは使える。いいか、コイツらが変な動きをしたら、容赦なくこれで突き刺すんだ」
息を飲むライラ。無理もない。何かあったら殺せと言っているのだ。
だがライラにはそれをする権利がある。村人の、友達の、親の仇だ。
なんなら何もしていなくても……いや、そこまで求めるのは良くないな。いくら襲われようとも、こんなことはやらない方がいい。やらないで済むなら、そうすべきだ。
でもまぁ、それはそれ、これはこれ。護身用として持っているべきだろう。
「俺はあそこにある荷車と、あと家の中から必要な物資を持ってくる。それまで少し待っててくれ」
「……わかりました」
……杞憂だったかもな。覚悟を決めたような目をしている。これならば問題ないだろう。
しっかりと握って持てているし、扱いも問題なさそうだ。まぁこんな田舎暮らしだと、ひ弱なだけではいられないのだろう。それなりに筋肉はついているのかもしれない。
なんにしても、急いで準備をしてこないとな。