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目の前にはボロい木造の家が並んでて、遠くで何か燃えてるような赤い光がチラつく。
空気は煙臭くて、どこからか「ガシャン!」って金属がぶつかる音と、叫び声っぽいのが聞こえてくる。
「……いや、マジで何? ここどこ? 夢でも見てんのか?」
俺がいた施設にこんな場所は無いし、そもそも部屋から出たら屋外とかありえない。
まるで一瞬で違う場所へ転移したような感じだ。
「まるで、じゃねぇよな……これが夢じゃなきゃ、どっか知らん場所に転移したってことだろ……」
現代としてはありえないくらいの古めかしい木造平屋建ての小さな家、それも中世の絵とかで見るような建物が並び、地面は人が歩いているであろう部分の土がむき出しで、それ以外は雑草なのか芝生なのかわからない植物が生えている。
ただの転移じゃない。タイムスリップか、さもなくば異世界転移か。
嫌な予感をヒシヒシと感じながら、俺は自分が出てきたであろう場所を振り返ると、やはりそこには何も無かった。
何もない空間に直接ワープしたような形だ。
せめてドアくらい残ってくれてれば戻れたかもだが、おそらくこちらに来た瞬間に消え去ったのだろう。
となれば、ここから俺が取れる行動は、叫び声がする方向に行くか、何も見なかった事にして逆方向に行くかだが……
「おい貴様、見かけない恰好だな。ここの村人ではないな?」
「oh……厄介ごとの方からこっちに来るのは勘弁してくれよ……」
「何をブツブツ言っている。こちらを向け!」
後ろの方から、つまり叫び声がしていた方から声を掛けられた俺は、一応相手を刺激しないようにゆっくりと後ろを振り返る。
そこにいたのは、軽装鎧とでも言うべきか、なんか野盗っぽい感じの皮鎧を着てショートソードを持った、なんか厳つい感じの男だった。
鎧や剣に血が付いているけど、それ以外は妙にピカピカな感じがして、新品を下したばっかりですという雰囲気が漂う。
怪我している様子もないし、これは恐らく返り血だろう。
風貌も厳つい印象はあるが、髪はそれなりに整っているし、無精ひげみたいなものも目立たない。
あぁ、これはマジで面倒事でしかないな……こいつ絶対野盗じゃないだろ。
剣を突き付けられつつ、できるだけ冷静に話し出す。
「あ~……何か御用で?」
「見たことない恰好だが、軍服か? やはり村人ではないな。答えろ、貴様以外に何人ここにいる?」
軍服……いやまぁ確かに警備員の制服って軍服っぽいけどさ。
というか微妙に質問に答えてないなコイツ!
まぁこっちの質問に答える義理なんざ無いわな。
むしろ剣を突き付けられてる俺が一方的に答える場面だ。
というか相手の言葉はわかるけど、俺の言葉も理解してもらえてるよな……?
じゃなきゃ返答しても詰むんだが。
「……ここには俺一人だ。仲間はいない」
「ほう、そうか。ならばここでお前を殺せば、それで話は終わりだな」
うぇ!? 待て待て待て判断が早い!
そう思う間にもショートソードを持ちあげ、こちらに振り下ろそうとする野盗(仮)。
そう時間もかからず、あの剣は俺の身体を引き裂くのだろう。
動作が妙にゆっくりで、まるでスローモーションのようだなと思いながら、動けないままその瞬間を迎えて……迎え……。
いや遅ぇな!?
振り上げるのも遅ければ振り下ろすのも遅い。
振り上げるところから遅いなーでも動けないなーと思っていたけど、マジで相手がスローモーションに見えているみたいだ。
さすがにここまでくれば冷静にもなる。
自分自身もゆっくりではあるが、冷静にかつできる限り素早く、腰に着けていた伸縮式の警棒を引き抜く。
こいつは伸ばすと全長90cmにもなる、警棒として許可されている中では最大サイズの物だ。
俺が勤めている会社が「とりあえずこれでいいだろう」なんて適当に用意した物だが、この状況ではありがたい。こんな長いの絶対使わんとか思ってたあの頃の俺、泣いて謝れ。
こちらの相対的に素早い動きに驚いたような顔をした野盗(仮)は、それでも振り下ろし始めてる剣を止める事は無く、そのままこちらを切り裂こうとしている。
それを冷静に見ながら、剣の腹を思い切り叩くように警棒を振り抜いた。
「ぐっ!?」
予想外の衝撃に剣を取り落とし、こちらを睨む野盗(仮)。
世界はまだ遅いままだ。このまま制圧してしまおう。
俺はそのまま警棒の長さを活かして、遠心力もおまけして全力で腕を引っ叩く。
「ぐぁ!!」
肉を叩く感触に加え、何かを砕いたような手応えもあった。
この長さの警棒を全力で当てれば、骨の一本は余裕だろう……と思ったところで、スローモーションが解除された。
「ふぅ……なんだったんだ、今のは……」
とりあえず命の危機は脱したことに安堵しつつ、油断せずに野盗(仮)の様子を窺う。
打ち付けられたところを庇いながらこちらを睨んでいるが、今のところ攻撃に移る気配がない。
どうやらショートソード以外に武器は持っていないようだ。
「貴様……なんだ今の動きは!?」
「なんだと言われても知らん。むしろお前がなんなんだよ」
恐らく相手も自分も遅かったことから、思考加速みたいなものなのだろうとは思う。
遅い中でも、こちらはできうる限りの速度で動いていたから、相手からしたら高速で動いたように見えたのだろう。
とはいえ、ハッキリしたことはわからんし、わかったところで教える義理もない。
「で? お前こそ何者なんだ。なんか野盗っぽい装備だけど、絶対野盗じゃないだろ」
「……」
何も言わずにこちらを睨む野盗(仮)。
ま、そりゃ答えないよね。
ちょっと負けたからってベラベラ喋るような奴はいない。
「まぁ答えないなら答えないでいいさ」
答えないのはいいんだけど、コイツの扱いに困るんだよなぁ……。
拘束しようにも縄も何も無いし、探しに行けばコイツ逃げるだろうし。
「ん~、とりあえず寝とこうか。死んだらゴメンな?」
そう言って警棒を振りかぶる。
狙いは頭だ。思い切りぶん殴れば、まぁ気絶くらいしてくれるだろう。
「!? や、やめ」
思い切り頭を叩……くのはやめて、先ほど叩いた腕と逆側の鎖骨周辺を全力で打つ。
「ぐあぁぁぁ!!!」
ここでも骨を砕いたような感触。これで両腕とも使い物にならなくなっただろう。
その場に蹲り、痛みに悶える野盗っぽい奴。もう放っといていいな。
それよりも、なんだろうか。
わりと本気で頭を殴るつもりだったのに、直前でそんな気が失せたというか、強制的に逸らされたというか……。
というか我ながら躊躇無さすぎでは?
直前で逸らしたとはいえ、殺すくらいの勢いで頭を殴ろうとしたとか、そんなバイオレンスな生き方してきた覚えはないぞ。
これはあれか?
異世界転移とセットのなんかよくわからんスキルとか特性とかで倫理観ぶっ飛んだのか?
となればあれだな、ステータスとか言えばそれっぽいの出てくるかね?
「ステータス」
……なんも起こらんが??
いや、こんなところで変化球いらんのよ。素直に見せてくれよ。
そう思った瞬間、胸に着けていた名札が光りだした。
「うおっ、なんだ!?」
慌てて手に取ると、そこには正しくステータスウィンドウとも呼ぶべき物が表示されていた。
名札がステータスウィンドウってなんだよ……見たかったらいちいち名札見ろって?
「めんどくせぇ……まぁいい。何が書かれているのかなっと」
書かれていたのは名前とレベル、そしてスキル欄に「警備の心得」のみだ。
警備の心得……?
字面からはスローモーションになるような連想できないんだが、どういうことだ。
なんかスキル詳細とか見れたりは……と思ったところで、声が聞こえてきた。
「たすけて……だれか……」
なんか聞き覚えのある感じの声だ。
これもしかしてあれじゃないか、転移前に室内で聞いた声じゃ?
声が聞こえた方向に目を向けると、女の子がこちらへよろよろと歩いてきていた。
足を引き摺ってるような感じで、体中のあちこちが土埃で汚れている。
捻ってコケた感じか。だが見たところ血は流れていなさそうだ。
状況が状況だから、下手すると野盗っぽいのに襲われて……って、女の子の更に後ろからそれっぽいのが追いかけてきてる。
心なしか「待て!」とかいうセリフも聞こえる。
あーあー、これはもう間違いなくアレですね、俺が助けなきゃいけないパターンですねわかります。
だってなんか女の子の「たすけて」に反応して体が動く感じがするもん。
いやだーめんどくさいー相手二人いるんですけどー。
このまま回れ右して……できないですよね、はいはいわかったわかりました。
誠心誠意、助けさせていただきますともさ。
だからさっきのスローモーション、頼むぞホントに。