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グレイ・ロウ近衛騎士長の内心 02

「アルストリア王国第一王女、フィア・デ・ローゼントール。迎えに感謝いたします」


 その声はやや低いアルトだった。

 アーセリオンの国王サイラス・ヴァーモントの声は、低く、まるで大地を割るような威厳を持っている。この王女の声はまるで、ぎりぎりまで張り詰めた弓弦が弾かれたような、静寂を裂く凛乎たる響きを持っていた。

 ロウは、無意識に息を呑んでいた自分に気づくと小さく咳払いして案内のため先に歩き出した。ところがすぐに後ろから声がかかる。


「陛下に到着のご挨拶を差し上げたく存じます」


 フィアの言葉に、ロウは当然のことだと受け止めた。王女として、正式にアーセリオンへ輿入れした以上、王への拝謁を求めるのは自然な流れである。

 しかし——


  「陛下は内政でご多忙のため、ご挨拶は時間の許す折にと仰せつかっております」


 今、王は城を離れており当分戻らない。ロウが淡々と告げると、フィアは一瞬の間を置いた後、「そうですか」と落ち着いた声で応じた。

 その後、彼女は静かに続ける。


「道中、騎士の皆様にはよくして頂きました。予定外の滞在も寛大にお許し頂き、感謝の念をすぐにも申し述べさせていただければと思っておりましたが、ご多忙とあらば致し方ありません」


 その端々まで気を使った言い回しに、ロウは内心で感心する。

 言葉に気品があり、相手への配慮も感じられる。それを無理なく口にするあたり、やはり王族らしい。


「ええ、陛下も大変残念に思っておられます」


 念のためそう返すと、フィアは微かに頷いた。


 † † †


 それから数日後、王女の後を追ってアルストリアからの使いの者と侍女一名が荷を携えてローク城に到着した。

 サイラスが戻るまでは王との正式な面会は叶わない。そのため、ロウは彼女たちをしばらく放っておいた。

 ところが、思わぬ報告が上がってくる。


「王女殿下が、ほとんど食事を取られていないのです」


 それを聞いたロウは眉をひそめた。

 体調を崩したのか、それとも単に環境が合わないのか。あるいは、アルストリア王族としての矜持ゆえに、敵国の食事を口にすることを躊躇っているのか。

 しかし、ロウが原因を推し量っている間に、ちょうどサイラスが帰還し、その話が彼の耳に入ってしまった。


「……どういうことだ」


 眉間に皺を寄せたサイラスが問いただして来るが、ロウも詳しい事情までは分からない。


「まだ詳しくは……」


 そう言葉を濁す間もなく、サイラスは面倒そうに息を吐き、低く言い放った。


「直接様子を見に行く」


 それは突然の決定だった。

 こうして、フィアとサイラスの思いがけない対面が決まったのである。


「陛下がお呼びです。ご同行ください」


 ロウがそう告げると、フィアは淡々と頷いた。

 何の動揺も見せない。いつも通り、何も変わらぬ表情で、まるでこの場に慣れ切っているかのように平然とロウの後をついてくる。その様子にロウは不思議な気持ちを覚えた。


(……食事をしていないというが、そんな素振りは微塵もない)


 具合の悪さは窺い知れず、足元がふらつく様子もない。到着した時とまるで変わらず凛と立つ彼女の姿に、ロウはますます不可解に思った。

 しかし執務室で待ち構えていたサイラスは、面会するなり思いがけない行動に出た。彼女を伴い部屋を出てきたサイラスが大股に進んでいく。


「陛下、どちらへ向かわれるのですか?」

「馬を出せ」


 ロウは溜息をついた。


(またか……)


 サイラスの気まぐれな行動には慣れている。だが、初対面のフィアにとっては予想外だったのだろう、来た時には平然としていたはずのその顔に、強い戸惑いが浮かんでいた。無理もない、とロウは思う。

 行き先は、小さな滝と清らかな小川が流れる静寂の場所だった。サイラスが気晴らしのために好んで訪れる場所である。アーセリオンは長く内戦の絶えない国だったが、今はこの国王の統治のもと安定しつつあった。城のすぐ裏手にあるこの森は安全が確保されており、サイラスが滞在する際には護衛の騎士たちも距離を取り、邪魔にならぬよう控えるのが常だった。

 そんな場所へ、サイラスはフィアを連れ出した。そしてロウの予想をさらに超える事態が起こる。

 サイラスは従者に粥を作らせると、それを手ずからフィアに食べさせ始めたのだ。

 遠巻きにその様子を見ながらロウは息を呑んだ。


(陛下が……手ずから?)


 サイラスが何かを気に入ると、独自のやり方で関わろうとすることは知っていた。それでも流石にこの行動は驚くべきものだった。

 彼が食事のメニューに粥を選んだということは、フィアの体調が万全でないということだろう。食事を取らなかったために弱っているのか、それとも具合が悪いから食べられなかったのか——その真相は分からない。

 だが、王女を迎え、受け入れるという任を命じられた立場にも関わらず異変に気づけなかったこと、見逃してしまっていたことに、ロウは強い忸怩たる思いを抱く。

 お陰で、戻ってからついフィアに声をかけてしまった。


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