アーセリオンの騎士達から見た王女の話 後編
何度目かの野営地に到達し、夜も更けた頃。焚き火の灯る野営地の片隅で、騎士たちは静かに談笑していた。王女と侍女は馬車の中で休んでいる。王族が横になって休むことも出来ないような強行軍の旅に、文句の一つも言わずに耐えているのは見事というほかなかった。
「しかし、アルストリアの至宝というやつは随分と期待外れだったな」
「第二王女か。俺も見たが……」
「あれが『至宝』とは、なあ?」
騎士たちは互いに苦笑する。
アルストリアの城で見かけた第二王女、マリエンナは確かに愛くるしい顔立ちをしていたが、それを国の『至宝』と持ち上げるのはどうにも違和感がある。幼いうちから過剰に称えられ、甘やかされているようにも思えた。
「それに比べて、第一王女のほうがよほど美人じゃないか?」
「そうだな、堂々としているし……意外だった」
「最初はこんな連れ去り方をしたら、さぞヒステリックに文句を言い、ワガママを言い、困らされるものと思っていたが、そんな心配は全く必要なかったな」
「あの王から、あの娘が生まれるとは」
呆れたような、感心したような、微妙な笑いが起こった。
強襲の夜、彼らの部隊総勢六十名は二隊に分かれ、一隊は昼のうちにひそかに城の裏手から城郭内へと入り込み待機。もう一隊が目立つ雄叫びを上げながら急峻な斜面から突撃して、そちらに警備の兵の目が向いた隙に城へと侵入すると、あらかじめ城内の構造を調べ上げてあったお陰で迷うことなく王の寝室のある一角へと向かい、瞬く間にこれを制圧した。
アーセリオンは近年まで内乱が多く発生していたこともあり、国王の率いる正規軍、近衛騎士団などは練度が非常に高い。城を落とした部隊も、王の直属の騎士団のひとつから特に選ばれた精鋭が揃っている。
故に、ヴェルナール城が落ちたこと自体は、アーセリオンにとっては当然のことではあったし、予定通りでもあった。
しかし、それにしても無防備なところを襲われたアルストリアの国王ベルナルトの狼狽ぶりは凄まじく、寝室を抑えた隊の者らが呆れ返るほどの醜態を晒した。真っ先に自分たちの命乞いをしたのだ。
冷静に状況を見極める目もなければ、抗戦しようという気概もない。あまりに無様なその様子を見て、誇りという言葉を知らない男だ、と騎士達は思った。
一方で、講和の条件として人質同然に差し出されたこの第一王女はどうだろう。
強さと気高さを備えながら、身分が下の者も見下さない。彼らが国王の醜態から想像していたアルストリア王族の姿とはかけ離れていた。
「……アルストリアの至宝って、もしかして間違っていたんじゃないか?」
繋いだ馬たちが草を踏む音が、夜風に紛れて聞こえている。
ふと、誰かが呟いたその言葉に、騎士たちは一瞬だけ沈黙したが、次の瞬間、誰ともなく同意めいた笑い声が零れた。
「それにしても……陛下は本気であの王女を妃に迎えるおつもりなのか?」
一人の騎士が口火を切った。
「いや、もともとは有力貴族の娘と結婚するって話だっただろう。政略結婚で国内を安定させるほうが理に適っている」
「だが、今はアルストリアの第一王女がこうして輿入れしてきた。もしあの至宝とやらが来ていたら、あまりに幼くて結婚なんて話にはならなかっただろうな」
笑い話として誰かが言うと、それに真面目に口を挟む者がいた。
「そうだな……こうなってくると、揉めるかもしれん」
「どういうことだ?」
「あの王女に対抗できるほどの妃候補など国内に見当たらんということさ。だがそんなこと口が裂けても言えるまい」
焚き火の炎がぱちぱちと音を立てた。騎士たちは皆、それぞれに考えを巡らせる。
「もしも彼女が王妃になれば、陛下のそばに立つには十分な器だとは思うがな」
「しかし、指定しなかった以上は二人いる王女のどちらをアルストリアが差し出すかは分からなかったわけだろう? 陛下は『至宝』を眺めもせずに『あたり』を引いたわけだ」
「いやいや、陛下はどちらの王女が嫁ぐことになるか、見抜いておられただろうさ」
そんな話が続いていたとき、低い声がその場を引き締めた。
「貴様ら、口を慎め」
騎士たちはハッとして振り返る。
焚き火の影の向こうに、部隊長が立っていた。
年嵩の彼の鋭い眼光が騎士たちを見渡す。その堂々とした佇まいは、ただの軍人ではなく王への忠義を貫く者の風格を感じさせた。
「陛下のご意向を勝手に推し量り、無責任な憶測を並べるとは無礼にも程がある」
容赦なく叱り飛ばす鋭い言葉が冷えた夜気を切り裂き、雑談に興じていた騎士たちは居住まいを正した。
「第一王女が素晴らしいと言うならば、その王女を護衛する任務を賜ったことに感謝しろ。それ以上のことを考えるな」
確かにこの任務は王からの信頼の証である。それに相応しいとは言いがたい会話をしていた自分たちが恥ずかしくなり、騎士達は揃って部隊長に「申し訳ありません」と謝罪する。
部隊長がむっつりと押し黙って腰を下ろし、沈黙があたりに漂うと一人の騎士が小さく頷いた。
「うむ。考えてみれば、王妃の輿入れに同行したとなれば、いずれ俺たちの自慢話にもなるかもしれん」
それに続くように少し空気が緩んで、他の騎士たちも笑い合った。
「そうだな。こんな大役を任されたこと自体、誇るべきことだ」
隊長は黙ってそれを聞いていた。




