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孤独な王女と決意の侍女たち

 招かれたのだと聞いた若いミラはホッとしたような表情を見せたが、年嵩のエリンはその程度では誤魔化されない。よくて妾、悪くすれば死が待ち受けると察しがついたか、長椅子から身を乗り出し、必死の形相で言う。


「フィア様。なりません、そんな! アーセリオンの王は人喰いとまで言われる恐ろしき御方ではございませんか!」

「エリン。かの国の求めなんだ」

「本当に…!?」


 強く問いかけてくるエリンはフィアが考えたのと全く同じことを考えたようだった。それはそうだろうなとフィアも思う。だから率直に返した。


「誰を、とは言われなかったそうだ。ただ王女を要求された」

「ではなぜマリエンナ様ではないのですか!?」


 悲鳴のようにそう問い重ねるエリンをフィアは静かな声音で窘めた。


「……エリン、滅多なことを言ってはいけない。私も、腐ってもアルストリアの第一王女だ」


 それくらいのささやかな自尊心を口にすることくらいは許してほしかった。

 本当のところ、幸せを約束され真綿にくるまれて花の蜜だけを吸って生きてきたようなマリエンナを父母が手放したがるはずがない。まして敵国の手に渡すなど考えられない。

 そうした国王夫妻の個人的な思いを別にしても、アルストリアがその至宝を敵国に委ねる屈辱を国中の貴族も市民も許すまい。

 実態がただの捨て駒だったとしても、肩書だけで言えばフィアは第一王女。順に嫁ぐのが筋という建前は通る。

 大粒の涙を浮かべてエリンは何度も繰り返し首を振った。


「そんなこと…! エメリック様がここにいらっしゃいましたら、絶対にお許しになりません!」

「……どうかな」


 エメリックは兄として常々フィアを尊重してくれるが、事は敵対国との関係の話だ。王太子として判断するなら、国王と同じ選択になる可能性もある。

 国同士の力関係、誇り、そして可能性。国王がどこまで本気か分からないが、もしアーセリオンの王の命を狙うことが出来るとしたら、それはマリエンナではあり得ない。

 ここでエリンの鬼気迫る様子に圧倒されていたミラがおずおずと問いかけてきた。


「あの…フィア様がアーセリオンにいらっしゃるのは、いつなのですか?」

「明後日には出立する」

「明後日…!? そんなにすぐにお支度が整うはずがございません!」


 また二人の顔が驚愕に歪んだ。そんな彼女たちを宥めるようにフィアは苦笑する。


「私だけ先に迎えて、荷物は後から運ぶ手筈だそうだ」

「そんな人質のような扱い、許されて良いはずがございません…」


 そう訴えてエリンはまた涙を零したが、この決定は変わらない。

 なぜならアーセリオンの出した条件の中に『王女がアーセリオンに出立する時、共にヴェルナールに入れた軍勢を引き上げる』というものがあったからだ。一刻も早くアーセリオンに出て行ってもらいたいアルストリアとしては、とにかく急いでフィアを送り出す必要がある。

 結局、王城を奇襲した部隊はわずか六十人程度であったらしいと、後になって判明した。これは城郭を越えられていたことを考慮した上でも、本気で戦えば王城の守備兵だけで十分に勝てる数だ。だがその六十名のうち十名ほどが先に城内にまで潜入して王の寝室を制圧していたこともわかった。

 夜の奇襲、城郭内部に敵がいる状況に混乱したアルストリアには冷静な判断が出来ず、加えて国王が真っ先に押さえられてはいかに戦力のみあったとて抵抗のしようもなかった。

 それに今回の軍勢を引き上げる条件も、アルストリアに自発的に最短で王女を送り出させるには良い材料だった。

 一連のことは、敵ながら見事な働きというほかない。


「ご一緒いたします」


 決然と顔を上げてエリンが言った。身を乗り出し、フィアの手を掴んだ彼女は涙に潤んだ目を見開いて訴えた。


「どこまでもご一緒いたしますわ」

「…エリン」


 その言葉には、もしも敵地でフィアが命を落とすならその時までも道行きを共にするという決意が込められている。

 あまりのことにフィアもとっさに言葉に詰まった。まだ、自分の立場に対して悩み、苦しみを覚えていた十五の頃からずっと傍らで支えてくれた姉のようであり、母のようでもあるエリンが、決して歓迎されることのない異国の地までも一緒についてきてくれる。それはなんと心強いことだろう。

 意外なことに、若いミラまでもがにこりと笑って言った。


「私もご一緒いたします」

「ミラ、無理をする必要は……」

「いいえ。だってフィア様の侍女はエリン様と私の二人きり。もしお二人がアーセリオンに旅立たれたら、後から荷を送り出す役目を誰がするのですか? ですから、私はお二人を後から追いかけて参ります」


 慌てたフィアが押し留めるように言うも、ミラは笑って首を振る。

 フィアは家族の情には恵まれなかった。でも立場の弱い側妃の娘とわかってそばに仕えていてくれる二人が、こんなにも親身になってくれる。

 嬉しくて少し、涙が滲んだ。


 † † †


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