窓越しの再会
そうしてフィアはアーセリオンへと戻ってきた。
二度目の滞在となったアーセリオンの城塞は、冬の気配を帯びて更に威容を増したように見えた。
離宮から城へと戻されたフィアは落ち着くまで数日を元の居室で過ごしたのち、今日は二階の一室に通され『その時』を待っていた。眼下には外廊下を眺めることのできる立地である。
サイラスの計らいで、侍女達の無事を確かめることを許された。だが直接の言葉を交わすことはできず、遠くからお互いの姿を認めるのみ。そんな歯がゆい制約のもと、フィアは彼女達と対面することになった
ロウが窓際に立つフィアを見やり、片手を上げたのを合図に、外廊下の兵士たちはエリンを王宮の窓を見上げられる場所へと連れ出した。
拘束されているわけではないが、背の高い兵に囲まれてエリンの姿がひときわ小さく見える。
エリンは歩みを進めながら、何かを探すように視線を彷徨わせていた。そして、遠く離れた二階の窓際に立つフィアの姿を見つけると、その場に崩れ落ちた。
「フィ、フィア様……っ!」
それはフィアに届くことのない、嗚咽に掻き消されそうな掠れた声だった。彼女は震える手で顔を覆い、床に額を押しつけるようにして涙をこぼした。
フィアは手を伸ばしたかった。だが、あまりに遠すぎた。声をかけたくても、距離がそれを許さない。ただガラス窓に触れて両の拳を握りしめ、エリンの姿を目に焼き付けることしかできなかった。
エリンは震える肩を揺らしながら、何度も何度も額を擦りつけるようにし、顔を上げると焼き付けるようにフィアの姿を見つめた。その唇が動き続けている。聞こえなくても、その内容はわかる。感謝の言葉だ。
ロウが静かに問いかけた。
「なにか伝えることは?」
フィアはエリンから目を離さないまま口を開く。
「蟄居中、エリンの友人に助けられた。彼女が繋いでくれた縁がなければ、私はどうなっていたか分からない。だから、感謝を――」
「伝えましょう」とロウは頷いた。自分がしでかしたことにより主を苦境に追いやった一方で、そんな主人の助けになったのもまた自分である、と知ることが出来たならば、きっとエリンも少しは救われるだろう。
兵士達が声をかけるとエリンは涙をぬぐい、震える手を重ねながら再び頭を下げた。その姿を最後に、兵士たちが彼女を屋内に連れ戻していく。
たとえ言葉を交わせずとも、お互いの存在を確かめ合えた。それだけでも、今は十分だった。
次に、兵士たちによってミラが外廊下へと連れ出されてきた。彼女はエリンとは対照的に、きょとんとした顔で周囲を見回していた。
兵士に軽く促され、ミラは戸惑った様子のまま外廊下に立たされた。そこで初めて、彼女は遠く離れた二階の窓際に立つフィアの姿に気づく。
「……あっ! フィア様!」
ミラはぱっと顔を輝かせ、大きく手を振った。無邪気な笑顔が彼女の顔に広がり、まるで遠出した先で旧友を見つけたかのような軽やかさだった。
フィアは明るい彼女の姿に呆気にとられたが、次第に唇を緩めた。ミラの屈託ない態度は今の状況を少しだけ和らげてくれるようだった。
「……退屈を持て余して、部屋付きの兵士と毎日お喋りに興じているらしい」
フィアがミラの姿を見て唇を綻ばせたのに気づいてか、ロウがそれを後押しするようにぼそりと呟く。フィアは思わず口元を覆って眦に僅かな涙を滲ませた。彼女が今の状況に滅入っていないことが分かって、侍女達への扱いに対するサイラスの言葉の偽りのなさがはっきり分かったことが嬉しかった。
こうして彼女たちは言葉を交わすことなく、それぞれの方法で再会を果たしたのだった。
† † †
それからまた数日の時が過ぎる。外の空は低く垂れ込めた雲に覆われ、冬の冷気が窓硝子越しに忍び込んでくるようだった。
フィアの部屋を訪れたサイラスの従者が、一通の書状を手渡してくる。先だって、サイラスが送った声明に対するアルストリアの返答だ。
アーセリオンからアルストリアへ送られた声明は、アルストリア王家にとっては大変厳しいものだった。
第二王女の病を理由にフィアの一時帰還を認めたにもかかわらず、アルストリア側はその病状の報告すらせず、さらには講和の条件で定められた王女の身柄がアーセリオン側にない状況を放置し続けていた。それをアーセリオンは容赦なく指摘し、アルストリアに対する非難を公式に表明した。
文面は冷徹で隙がなかった。アルストリアがどれほど言い逃れを試みようとも、フィア一人に責任を押し付けるような反論は通用しない構成となっていた。それだけでなく、「もし本当に第二王女の病状が重篤なのであれば、アーセリオンの最高の医療を提供するため、迎えの馬車を手配する準備がある」という一文が、最後に突きつけられていた。
この脅しは効果覿面であった。まもなく、アルストリアから返答が届き、そこには『フィアの看病の甲斐あって、マリエンナの病状は回復しつつある。貴国の慈悲と寛大なる処置に大いなる感謝を』と記されていた。それまでの遅れを必死に取り繕うような文面だった。




