表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/44

誤解と真実

 サイラスが公式にアルストリアを訪れたことはないはずなのに、なぜ彼がその景色を知り、大切に思うのか。以前、彼が簡潔にそのことに触れただけだった時からフィアは気になっていた。

 サイラスはふと、前回のやりとりを思い出したように小さく「ああ」と呟いた。


「いずれ、この話をすると言ったな」


 彼はそう言うとフィアの頬に軽く唇を触れさせた。その柔らかな感触に、フィアの心臓が大きく脈打った。

 彼は愛撫の手を止めてフィアの髪を一度指先で梳いた。


「我が国は以前から内憂が多くてな。実は幼少の砌、アルストリアに身を隠していたことがある」

「え…!」


 それまでの雰囲気を吹き飛ばすような声が思わず漏れてしまった。まさか隣国の王族がそれと知られず自国に潜伏していたなど予想だにしないことだった。驚愕しているフィアを見て彼は面白そうに笑うと肩を竦めて見せる。


「誰にも気づかれることなく三年弱だ、貴国はもう少し防備を整えるべきだな」


 そんな指摘は恥ずかしい限りのことでフィアは呆然と唇を開く。


「三年も…」

「ああ。南方にいた。グラナの丘陵地帯は過ごし良い場所だ。どこまでも広がる草の海が、春先まるで本物の海の如くに青く花に染まる。丘を駆ける野生の馬は小ぶりだが美しい。見事な景色だ」


 あれは惜しい、と言ってサイラスは唇の端で笑った。


「このまま放っておくと、あの場所がグランヴィスカに踏み躙られることになるのではないかと案じていた」

「南方は、兄が……王太子の軍がおります。そう簡単には」

「ヴェルナールにでさえ余の騎士らは容易に到達した。かの国にもまた可能だとは思わんか?」


 サイラスの指摘は至極尤もであったので、フィアは改めて愕然とする。

 国境が破られたと認識するより先に王城が攻め込まれるなど、実際に起きるまで誰一人として考えたことがなかったのだ。アルストリアは両隣の大国の力を侮りすぎていた。中立を保ち続け、彼らに対抗しうると考えていたことこそが油断であったのだ。


「むざむざと明け渡す形でなくとも、押し込まれれば畢竟あのあたりは戦場となる。むしろ王太子の軍が持ちこたえれば持ちこたえるほど戦地は荒れる」

「……」

「故に、『平和的に、関係を深めよ』と求めたのだ。我が国の手を取れば少なくとも北の国境が荒れることはなく、帝国への牽制ともなろう。無論、無条件にとはいかんが、我が国から帝国までを貫く安全で最短距離の商業ルートを得られることだけでもかなりの利益を生むだろう」


 アルストリアの特産品に対する需要も侮れないものがあるともサイラスは言った。通商のための道も特産品も、アルストリアが戦いの渦中に置かれたら失われるはずのものだ。彼はそこに価値を見出している。

 サイラスが本気でアルストリアを庇護下に置くつもりだと分かってフィアは胸がいっぱいになった。

 ここまで言ってサイラスは「すっかり色気も吹き飛んだな」と苦笑しながら組み敷いていたフィアを一旦抱き起こした。

 初めて対面した日、手ずから匙を差し出したあのときのように彼はフィアを膝の上に横抱きに抱きかかえてまたうなじのあたりに顔を埋めると、そこへ唇を押し当てて「他に聞きたいことは」と尋ねてきた。

 フィアは控えめに彼を見上げて疑問をぶつける。


「…どうして私に、粥を?」

「王女の食が細っていると聞かされた。最初に、平気な顔をして敵地に乗り込んできた豪胆な王女だと言われてそう考えていたせいで、すっかり見誤った。顔を見れば神経を擦り減らしているのがわかったから、これは単に、しっかりと食わせるようにと命じて良くなるものでもあるまいと思い、ああしたまでだ」


 問題は食事の内容というわけではなかったから、ただ『飯を食え』と言われても衰えた食欲が戻ることはなかったはずだ。国王という立場の彼が自分の手で有無を言わさず食べさせようと考えた彼の見立ては合っていて、フィアは自身の状態を恥じて俯いた。


「ご迷惑をおかけして…」

「先刻も言った通り、こちらも怯えていても致し方なしと思いながら出迎えた。にも関わらず、気を抜いたのはこちらの落ち度だ。あの程度のこと気にするな」


 さらりと流すサイラスの胸に包み込まれたフィアはようやく素直な心情を打ち明ける気持ちになり、囁くように小さく零した。


「……陛下は私に対してお怒りなのだと、ずっと思っていました」


 アルストリアの誇る至宝でなく、ガラクタ同然の第一王女を送りつけられてさぞや腹を立てているだろう、という思い込みがフィアには最初から根ざしていた。


「面会が先延ばしになっていたこと、ようやくお目通りが叶ってもすぐにお席を立たれてしまわれたこと、さらには離宮送りにされたこと……それらが重なり、てっきり私は……」

「馬鹿な」


 その一言があまりにも呆れたように発せられたので、フィアは言葉を失った。彼の声には、まるで彼女の考えが的外れだと言わんばかりの響きがあった。

 サイラスは軽く息を吐きながら続ける。


「こちらは寝る間も削って公務に励んでいる。食事もゆっくり摂れる機会は少ない。むしろ、面会を口実に、急遽ねじ込んで時間を取っていたぞ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ