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交わる想い

 サイラスの瞳がフィアを捉えたまま近付いてくる。彼はそのまま躊躇なく彼女の唇を奪った。


「っ……!」


 フィアのかすかな声は彼の唇に奪い取られてしまった。

 彼の口付けは容赦なく、何度も角度を変えながら深く重ねられる。強く押しつけられるだけではなく、まるで彼女の内側を深くまで探るような、色を帯びた熱を伴うものだった。


(こんな……強引に……)


 彼の唇は執拗にフィアを求め、融け合うような口付けを繰り返すたびに、彼女の心は不安と混乱、そして甘い感情に揺れ動いた。

 何度となく重なった唇がやがて少しばかり離れると、サイラスは結い上げてくれる人の手がなく、ほつれたままになっている赤い髪を指で梳いて小さく呟いた。


「美しい」


 その一言が、フィアの胸に深く染み渡った。兄のほかに褒めてくれる人などいなかった家族の中での異端の印。それをサイラスの手が撫でていく。

 フィアの中で絡まっていた感情の糸が少しずつほどけていく。彼の手の温もりが伝わるたびに、胸の奥に閉じ込めていた不安や恐れが緩やかに溶かされていくようだった。

 彼女の肩から力が抜け、ついにサイラスの熱を受け入れるかのように、フィアは静かに身を委ねた。その姿は、まるで花の蕾がゆっくりと綻ぶのにも似ていた。

 サイラスはそんな彼女を見下ろすと再び唇を重ねた。今度の口付けは柔らかく、穏やかだった。深く重なるのは同じでも彼女の心に寄り添うような温もりを伴っていた。

 フィアは瞼を閉じてその感覚に身を任せる。そして温もりに溶かすようにして、静かに息を吐き出した。

 フィアが身を委ねていることを感じ取ったのか、サイラスが髪を撫でる手を止めて小さく笑った。


「我が国では、特に王侯貴族においては誓約の神殿で婚姻を約束するまでは肉体関係を持ってはならないという掟があってな」


 その言葉にフィアはこくりと息を呑んだ。近くて遠い隣国のその風習はアルストリアでは知られていなかった。


「……誓約の神殿?」

「そうだ。あらゆる約定を取り仕切る神のおわす場で、婚姻の誓いを立てた後でなければ、夫婦としての関係は正式なものと認められない」


 珍しく饒舌にサイラスは説明して喉を鳴らして笑う。


「お前はアルストリアの人間だ。こちらの風習には馴染みがないだろうが……誓約もせずに妾にするようなことはありえない」

「……」


 まさしくそう誤解をしていたフィアは目元を赤らめて唇を噛んだ。こちらへ来てから一度も夜伽を命じられないことを自分に魅力がないからだと信じ込んでいた。

 でも、そうだとしたら離宮で押し倒されたこと、そして今こうしてサイラスがフィアに触れていることの整合性はどうなるのかと困惑気味に視線を泳がせれば、やはり饒舌にサイラスは囁いた。


「神も時にはよそ見をするという」

「そんな」

「ここに、今、神官を呼んできても構わんが……」

「おやめください……!」


 人喰いと渾名される王が冗談を言う姿などフィアは初めて見た。いつの間にかドレスのスカートがたくし上げられ、フィアのしなやかな脚がサイラスの手に捕らわれていた。ゆっくりと素肌を撫で上げてゆく大きくて熱い、乾いた掌の感触にフィアは身じろぎ、藻掻く。


「……っ!」

「このような姿、神官に見せるのは惜しい」

「…ぁ…っ」


 羞じらい息を飲むフィアの表情を愉しむかのようにサイラスは唇の端に笑みを浮かべた。


「だいたい、アルストリアを発った時に同行した騎士どもがすっかり参って信奉者になっていたのを知らんだろう」


 問いかけるような言葉尻に、一体何のことかとフィアが視線を上げればサイラスは鼻を鳴らして説明する。


「道中同行した騎士たちは、戻るなりお前のことを口々に語った」

「……私のことを?」


 サイラスは短く頷き、その鋭い視線はわずかに柔らいだ。彼の片手がまたフィアの髪をさらりと弄ぶ。


「過酷な旅に耐える頑強さ、その一方で旅慣れぬ侍女たちの身を気遣う優しさ——そのどちらにも感心したと話していた」


 男の指先に髪を梳かれながら、フィアは信じられない思いで目を丸くした。騎士達は旅程中そんなことおくびにも出さずにただ淡々と同行するばかりだったからだ。第一、最低限の必要事項を除いては彼らとほとんど言葉を交わした記憶もない。


「アルストリアから講和の条件を果たすべく差し出された身の上であるお前が、追い立てられるように旅立ち、旅慣れぬ侍女と共に過酷な道中に耐え、同行する騎士にまで労いの言葉をかける姿に驚きを禁じ得なかったそうだ」


 そう言って、彼は一瞬間を置いた。愛撫を止めて話し始めたサイラスの口調には事を面白がるような雰囲気が漂っている。


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