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その手の中で

 「……私達が互いを分かり合えたことなど、一度もないでしょう」


 フィアはそう反論してサイラスの手を払おうとしたが、彼の手は容易に退けられるものではなかった。

 彼はふ、とまた一つこれまでに見せなかった表情を見せる。フィアの物言いに微笑したのだ。


「確かに、もっともだ」


 サイラスの表情が和らいだのを好機とフィアは彼に縋るように「エリンは」と大事な侍女の名を絞り出した。


「エリンは無事なのですか。ミラは…」

「多少強引な問い詰め方はしたが傷つけるようなことはしていないから安心するが良い。若い娘のほうも共犯とはいえ、従う立場と分かってからは自由にさせている」


 精神的に不安定になっているエリンのことは見張りを付けて城の一室に軟禁していると聞いてフィアは少なくとも彼女達が無事であることに安堵した。あからさまにほっとした様子のフィアの態度を見て取ってサイラスはまた短い嘆息を漏らした。


「改めて言うまでもないが、講和の条件に王女を要求するにあたって、こちらは第一王女、第二王女のいずれの身柄とも指定はしなかった」

「…それは迂闊なご判断だったのでは?」


 眉間にきつく皺を寄せたフィアが顎を掴まれたままサイラスを見やると彼は呆れたように「馬鹿な」と言った。


「そんなくだらぬ間違いはしない」

「ですが、アルストリアで王女といえば……」

「くどいな。平和的に、より強固な関係を結びたいと伝えたはずだ。妻を娶れれば別段どちらだろうと構わんから、そのように伝えたまでだ。お前達は『アルストリアの至宝』とやらを過大評価しすぎている」


 フィアは正直、愕然とした。アルストリアの至宝、父王がおそらくは国と引き換えてさえ守りたかった唯一のもの。自分が命を賭けさせられたもの。愛らしい、無邪気な妹——。


「そんな……」

「王族の間で金髪の子供を見かけたが、あれがアルストリアの至宝とやらか?」


 もともと、フィアを奪還するためサイラス一行は城に押し入ったのだという。そして国王達が食事をしていた広間に踏み込み、王からフィアの居場所を聞きだした。

 その時に見かけた子供が金髪だった、とサイラスは言う。王と食事を共にする金髪の娘はマリエンナしかいない。

 フィアが肯定するとサイラスは呆れ返ったように眉をひそめた。


「冗談じゃない。俺に幼児趣味はない、必要なのは妃だ」


 彼が吐き捨てるように言い放つその姿に、フィアは思わず言い返す。


「マリエンナは19になりました」


 それを聞いてサイラスはぎょっとしたように目を見開いた。


「19だと? どう見ても13、4にしか見えなかったぞ」


 その驚きようにフィアは言葉を失った。サイラスのともすればマリエンナへの侮辱となりそうな無遠慮な物言いに戸惑いを覚えながらも、彼が真剣にそう思っているのだと理解した。


「とにかく、俺が妃に迎えたのはお前だ」


 サイラスの低い声がそう耳元をくすぐった響いた。その宣言にフィアはさらに驚き、彼の顔を見上げた。


「妃……?」


 その言葉が信じられず、フィアはただ呆然と呟いた。彼女にとって、自分が妃としての価値を認められるとは到底思えなかった。人身御供、良くて妾、悪ければ死。そうとしか思ってこなかった。


「そんな価値が私にあるとは……」


 フィアが口にした言葉にサイラスは深くため息をついた。


「王女を求めて関係を深めたいと言って他に何がある?」


 彼の口調は冷淡で、何もかも当然のことだと言わんばかりだった。その傲岸な態度にこそ誤解させる余地があるのに、彼自身はそのことにまるで気づいていないのだ。


(この人は……どうしてこんなにも分かりにくいのだろう)


 だがそれは自分にも返ってくる矢かもしれなかった。フィアもまたサイラスが本当に求めていたのはマリエンナのはずだと思い込み、確かめることをしなかった。人身御供の役割は命を投げ出すことにあるのだと信じて疑わず、妻として求められることがあるなどとは欠片も考えはしなかった。

 確かにサイラスの言う通り、ある一国が他国の王女を求めて関係を深めたいと告げるなら、それは縁戚関係を結びたいという意味になる。そして『妃の母国』は、その他の国々とは違った意味を持つようになる。もちろん、妃が何人も居るような場合は別だが、サイラスはこれまで一度も妻帯していない。

 フィアは彼が、アルストリアがアーセリオンに従属か併合されるなら守ることも出来ると言ったのを思い出した。あれは単に国同士の関係の変化についてのみ言っているのかと思っていた。もちろん従属にせよ併合にせよアーセリオンの下につくことになるのは確かだが、『妃の母国』という前置きがつくと、その意味もだいぶ変わってくる。

 フィアは改めて呆然と目の前の男を見上げて瞬いた。その拍子に目の端から涙の雫が零れるとサイラスは溜息をついてゆっくりと顔を寄せてきた。その唇がこぼれた涙を掬い取っていく。


「手出しは控えてきたが——」


 サイラスの低い声がフィアの鼓膜を揺らす。フィアは目を見開いた。今のサイラスの瞳には普段の冷徹さとは違う、熱を秘めたような光が宿っていた。


「そのせいでお前が妃としての価値がないと勘違いしているのなら」


 フィアは息を呑み、後ずさるように身を引こうとした。しかしその動きを見逃さず、サイラスはフィアをじっと見据えながら静かに宣言した。


「今ここで、思い直させてやる」


 その言葉の意味を理解する間もなく、サイラスが一歩踏み出した。彼の大きな手がフィアの腕を掴むと、あっという間に彼女の体は敷布の上に押し倒されていた。身に着けた体術が役に立つだけの隙もなかった。


「なっ……!」


 フィアがあげた抗議の声は、胸に込み上げる困惑と戸惑いにかき消された。サイラスの顔がすぐ近くにあり、その視線は彼女の瞳を絡め取る。フィアの鼓動は早鐘のように打ち鳴らされた。

 彼の手がフィアの肩をしっかりと押さえつける。その力強さにフィアは身動きが取れず、ただ彼を見上げることしかできなかった。

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