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侍女の策略

「商人を城に上げれば接触するだろうと見て許せば、案の定だ。アルストリアが我が国の内情を探るよう命じているのでは——というのがこちらの見立てだったが、誰が主導しているのかは分かりかねてな」


 サイラスの言葉に心当たりがありフィアは目を見開いた。


「では、私が急に離宮へやられたのは……」

「いかにも。侍女と引き離して様子を見るつもりだった。そしてどうやら侍女の二人共が関与していると分かったのと同時に、アルストリアから第一王女を呼び戻す要請が来たのはこちらも計算外だった」


 エリン達を捕らえはしたが、十分に尋問する間もなく、王女を急ぎ戻らせてほしいとアルストリア王からの連絡が入ってしまった。

 外と接触していた件に王女自身が関与していないなら、妹の病気という事情を汲んで一時的に帰らせてやっても良い、というのがサイラスの判断だった。その間に侍女からどのようなことを本国に伝えたのか聞き出せば足ると考えたのだ。

 ところが、フィアを帰した後に侍女を問い詰めたら、国に伝えたのはアーセリオンの内情などというものではなく、『アーセリオン王は第一王女に満足していない』という嘘だった。

 何故そんなことを、と問われて、自らが主犯と認めたエリンはサイラスの前に跪き、涙ながらに告白した。サイラスが黙って見下ろす足元で彼女は自らの過ちの理由を必死に語る。


『フィア様が……常にマリエンナ様の影に隠れて生きてこられたそのお姿が、どれほど不憫だったか……陛下にはお分かりにはなりませんでしょう……!』


 絞り出されたエリンの声は震え、涙が床に落ちていく。その姿には、彼女の絶望と決死の覚悟が滲み出ていた。真実、彼女はフィアの為に命を擲っても構わないと思っているようだった。


『それなのに……フィア様を敵国に人身御供として差し出すだなんて……そんな仕打ち、あまりにも、あまりにも惨い!』


 エリンは床に蹲り血反吐を吐くような声で呻いた。


『だから……フィア様をお国にお戻しするために……私が、偽りの情報を流したのです』


 彼女の言葉は嗚咽にまみれ、途切れがちで聞き取りづらかったが、皆まで言わずともサイラスはおおよそ事態を把握した。


『……それで第一王女を国へ帰らせたかったわけか』

『代わりに、マリエンナ様をアーセリオンへ。そうすればフィア様は国に戻ることができる……』


 本国へ伝えるばかりではない。サイラスが第二王女を望んでいるとフィアにも伝えることで、彼女自身が身を引く形になるように仕組む。そして必ず情勢を読むであろうフィアが自国のための最上の方法としてやむを得ずマリエンナを差し出す方向に話を持っていくように謀ったのだった。それはフィアの思考回路を最も身近でよく知るエリンだからこそ出来たことといえる。

 途中まで、事態は上手く進んでいると思われた。アーセリオン城内からの情報として信憑性が高く受け止められたエリンの知らせは、伝手を辿ってアルストリアの重臣から王へと渡り、サイラスがマリエンナを望んでいるというのは——もともとアルストリアが恐れていた事態だけあって——王の後ろ暗さを突いて、真実と目された。

 フィアもサイラスはマリエンナを求めているものと認識して、その要望を叶えるべく模索していた。

 エリンにとって予定外だったのは、離宮送りになったフィアと引き離されてしまったこと

 だ。近くにいれば情報を得やすく、自分が伝える情報の操作もしやすいが、接触を絶たれたことでフィアとサイラスの間で生じる会話を知ることも、影響を与えることも出来なくなった。そもそもフィアが隔離されてしまって、様子が分からない不安でエリンは気が気でなかったのだ。

 捕らえられた後、アルストリアから急使が来てフィアが呼び戻されることになったと聞かされた時、一瞬目的を果たしたと思い込み浮き立ちかけたエリンの心は、その理由が『第二王女の病によるもの』と聞いて絶望の淵に叩き落とされた。

 それはエリンが願い、仕組んだ人身御供の交代ではなく、アルストリアが意地でもマリエンナを渡さないという意思表示であり、フィアが呼び戻されるのはその責任をフィア一身に負わせるためと察しがついたからだ。

 エリンは自らの仕組んだことの失敗を悟り、そして更にそれによって引き起こされる問題の渦中に自らの主を送り込んだことに気づいて、死んでしまいたいと繰り返しながら泣いていたという。


「お前を守りたい一心でそんなことをしたと言っていたが、浅はかだったな。その結果がこれだ」


 サイラスが短く嘆息する。想ってくれるエリンの気持ちと自らの立場とが複雑に絡み合い、フィアは言葉が喉につかえ、その苦しさに涙が滲んでくるのを感じて強く歯を食い縛った。でなければ自分も嗚咽が漏れてしまいそうだった。


「あの侍女はそれからというもの『フィア様が殺されてしまう』と半狂乱でな。まさかそんなことはあるまいと思ったが……」


 何を思い起こしたか言葉を区切ったサイラスに見つめられ、自分が塔の牢獄めいた部屋に閉じ込められていた姿を見られていることを思い出したフィアは耐え切れず顔を伏せた。

 不意に近づいて来たサイラスが俯くフィアの顎を掴んでぐいと持ち上げた。濡れた目で彼を見上げれば、何もかも見透かすような黒い瞳が見たことのない困惑の色を宿している。


「分からない女だ。凄まじく強いのかと思えば、ひどく脆くもある」


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