捨て駒の運命
扉が開かれる。玉座の間には国王、王妃だけでなく重臣がずらりと顔を揃えていた。
そこにある目が一斉にフィアのほうへと向けられる。室内には重苦しい沈黙が漂っていた。
自分の立ち位置をはかりかねたフィアが手前で足を止めると、玉座に深く座した王が「これへ」と自身の前を示す。フィアは居並ぶ重臣達の間を割って王の前に立った。
すると横にいた執政官が一歩進み出て口を開いた。
「王女殿下。昨晩からの出来事につきましては、おおよそお聞き及びかとは存じますが……」
お聞き及びもなにもアーセリオンの襲撃を自分の目で目の当たりにしたのだから、今更何をという台詞だ。フィアは黙って老執政のほうへと首を巡らす。
「アーセリオンから講和の申し出がございました」
「――講和?」
自明のことをわざわざ説明された直後の予想外の言葉にフィアは目を瞠った。
アーセリオンは一方的にこのヴェルナールを攻め、城を制圧した。力で屈服させた側が、なぜ和平交渉などしてくるのか、理屈が分からない。
「はい。アーセリオンは我が国と平和的に、より強固な関係を結ぶことを望んでおられます」
勿体ぶった調子で頷く執政の言葉にフィアは唇を噛む。
屈従させようという側が手を引いて、講和を持ち出す意味がわかったからだ。
つまるところ、アーセリオンは『アルストリアも望んだ』という状況を作りたいのだろう。いつでもねじ伏せることが出来ることを示した上で、選択肢として『関係を深める』ことを提示する。そしてアルストリアが関係の深化を望めばよし、拒むのならば昨夜以上の蹂躙が待っているということに他ならない。
自分が呼び出された理由も薄々勘付きつつフィアは絞り出すように問いかけた。
「アーセリオンの望みとは?」
「王女殿下のお身柄を」
やはり――とフィアは噛んでいた唇をほどいて細い溜息をついた。
そして視線を王へと動かす。
「それは本当に、この私でよろしいのでしょうか」
要するに戦時の人身御供を要求されたということになるが、国内外に知られるアルストリアの至宝たる王女といえばそれはすなわちマリエンナのことである。戦勝者が欲するなら当然、宝であろう。
自分が名指しで求められることなどありえないとわかっている彼女は父王に問いかけたが、国王は視線を逸らすだけだった。そのかわりに執政が答える。
「アーセリオンはいずれの王女とも定めず、ただ王女殿下のお身柄をとのみ」
「――ああ、なるほど」
あともう少しばかりフィアの神経が太ければいっそ笑っていたかもしれなかった。
講和の条件として、王女を要求したアーセリオンはマリエンナを寄越すようにとは指定しなかった。
おそらく彼女が考えた通り、アルストリア王国の至宝といえば当然第二王女マリエンナであるから、王女を寄越せと要求すれば当然マリエンナのことを指しているつもりで油断したのだろう。
そしてアルストリアは指名がなかったという点を突いて、側妃の娘であるフィアをアーセリオンに引き渡そうと考えている。
滑稽な話だが、これは冗談で済むようなことでもない。考えていた宝玉ではなく捨て駒を届けられたアーセリオンがどう反応するか。まさか想像できないわけでもあるまいにと再び王に視線をやれば、今度は王がみずから口を開く。
「行って、アーセリオン国王の寝首を搔いてくるがよい」
この状況でアーセリオンがアルストリアの王女を求めたとして、その王女の立場は最も良くても妾、でなければ人質として家臣へ払い下げられるか、悪くすればただの慰み者になるか、事あればすぐ処刑の対象となるかといったところか。
さすがに今度は王の視線はフィアの上にあった。冷ややかに、王は命じた。
いかに実現可能性の低い内容だろうが、これは彼女に与えられた王命である。
一度、きつく唇を引き結んだフィアは頭を垂れた。
「精一杯、役目を果たして参ります」
† † †
その日の午後、王城の封鎖が解かれて駆けつけてきたエリンとミラの顔を見ることの出来たフィアは、急ぎ部屋を訪ねてきてくれた彼女たちの無事を喜んだ。
「良かった。二人とも何もなく済んで」
するとエリンが登城するまでの道すがらで見てきた様子を教えてくれる。
「あちこちにアーセリオンの者と思われる連中が立っていて、城への出入りを監視している様子でしたわ。特段、手出しをしたり声をかけたりはしておりませんでしたけれども、不気味な視線を向けられてぞっといたしました」
「私も見ました! 怖かった…」
ミラが両腕で我が身を掻き抱いて、ぶるっと震える。
「亡くなった守備兵の遺体を木板に乗せて運んでいくのともすれ違いました。城内のご様子はいかがだったのでしょうか」
エリンが気遣わしげに問いかけてくるが、戦死者の話などわざわざ彼女たちに話して聞かせても仕方ない。フィアは「大事な話がある」と二人を促して、長椅子に座ってもらう。向かいに掛けて、フィアは端的に告げた。
「私はアーセリオンに行くことになった」
「!?」
フィアは愕然と目を見開く二人を安心させるように微笑を見せる。
「もちろん、先方からの招聘があってのことだ」