檻の中の真実
「ここだ」
サイラスが呟いた。指示というより、それは腕の中のフィアに伝えるためだけの言葉だった。
後ろを走ってきた騎士たちが手際よく馬を止める。サイラスも馬を降りると、無言のままフィアを引き寄せ、軽々と鞍の上から抱き下ろした。
何がなんだか分からないまま連行され、ここまで質問も出来ずに来たフィアが思い切って口を開こうとした瞬間、サイラスが鋭い声で一喝した。
「人払いしろ」
その一言に、騎士らは何ら疑問を差し挟むこともなくサッと天幕から遠のいていく。
咄嗟に言葉を飲み込んだフィアはサイラスに腕を掴まれ、そのまま天幕の中へと引きずり込まれた。
天幕の中は王が過ごすには簡素な造りだった。布越しに射し込む冬の薄光が、内側を淡く照らしている。床には敷布が広げられ、最低限の寝具と簡易の椅子が置かれているだけだった。
サイラスはフィアを敷布の上に座らせると、自らもその前に腰を下ろした。彼の背中が出入り口を塞ぐ形になり、フィアは居心地の悪さに指先を固く握る。
そしてとうとう思い切って問いかけた。
「陛下……どういうおつもりなのですか?」
その声には、彼女自身も抑えきれない戸惑いが滲んでいた。フィアの頭には返事を出すことのなかったサイラスからの二度目の手紙が浮かんでいた。いつ戻るのかと問われていたが、暇を出すと言ったのは他ならぬサイラス自身ではないか。
(それに、なぜマリエンナを連れて行かない……?)
わざわざアルストリアにまで乗り込んできて、再び王城を攻めてまでフィアを奪還するなんて不可解に過ぎる。今こそアルストリアの至宝を奪う好機だというのに。
「自ら暇をお出しになったのに、こうして奪い返しにいらっしゃるなんて……意味が分かりません」
以前、サイラスを相手に迂遠な言葉遣いは苦手だと言ったとおりフィアは率直な言葉を投げつけていた。もう取り繕う必要性も感じない。今度こそ怒りに触れて斬って捨てられるならそれまでだと覚悟もしていた。
するとサイラスはその言葉に顔をしかめ、低い声で応じた。
「暇だと? お前に与えたのは、妹の見舞いのための一時的な帰還の許しだ」
その声にははっきりとした怒りが滲んでいた。彼の鋭い目がフィアを射抜くように見据えた。
「貴国からの申し出においても一時的な帰還とあったはず。それを好き放題に解釈したのは誰だ」
フィアはその言葉に息を呑み、サイラスの怒りに気圧されて視線を彷徨わせた。
確かに急使は『フィア王女殿下の一時帰国を』と願い、サイラスはそれを許したが、まさかそれが文字通りのものだとは思っていなかった。それが本当に一時的であることを担保するような約束をサイラスは求めなかったし、約束をしないまでも口頭でそう述べることさえなかった。
だからてっきり、あの時点で放逐されたと捉えていたフィアには思ってもない返答だった。いや、アルストリアの誰にとっても予想外の返答といっても良かった。
彼の口調には冷たさに加えて隠しきれぬ苛立ちが混じっていた。
サイラスの鋭い瞳がフィアを捉えたまま低い声が続く。
「お前が妹、妹というからよほど妹を案じているものと思い、許可しただけだ」
放たれた言葉の鋭さ以上に、その裏にある何かが彼女の胸を締め付けた。
「……妹が良いのは、あなたでは?」
絞り出すようにそう返すフィア。自分が何を言っているのか、自分でも分からなかった。
その瞬間、サイラスの顔がさらに険しくなった。
「誰がそんなことを言った」
彼の問いには、刃のような威圧感が込められていた。フィアは思わず体を震わせながらも視線を逸らさずに彼を睨み返して答える。
「皆そう言っています」
フィアの言葉にか、それとも態度にか、サイラスは短く息を吐き出して苛立ちを隠そうともせず頭をかきむしった。
「お前の侍女は……実にうまくやったものだ」
吐き捨てるような言葉がフィアの耳に届く。
「侍女?」
またしても訳のわからない話題の転換にフィアは首をかしげてサイラスを見上げた。その表情には、心からの困惑が浮かんでいた。この状況でエリンやミラに一体なんの関わりがあるというのだろう。
フィアの疑問をよそに、サイラスは腕を組み険しい表情のまま黙り込んだ。
サイラスはフィアの困惑した表情を見つめたまま、重々しい声で口を開いた。
「お前がなかなか戻らなかったからな……もともと怪しいと思っていた侍女を問い詰めた」
その一言に、フィアは息を呑んだ。
その続きが何を意味するのか、フィアの心臓が早鐘のように鳴り始める。
サイラスが告げたのは、フィアにとって信じがたい事実だった。
「『アーセリオン王は第一王女に満足していない。第二王女がいいと言っている』——だったか」
深い溜息をついてサイラスはまたがしがしと頭を掻く。
「そのような嘘の情報をアルストリア本国に伝えたのは、王女付き侍女のエリン・デューリナだ」
「……エリンが? まさか」
フィアは目を見開き、言葉を失った。エリン——ずっと自分に寄り添い、支えてくれた忠実な侍女。その彼女がそんなことをする理由があるとは到底思えなかった。
サイラスは淡々と続けた。
「もともとお前たちの入国後に取引のない商人らが新たに訪れるようになった。いくら王女が滞在していると分かっているにしても妙にまとまって来るもので、何かしら意図があろうと察しがついた」
それもエリンが手引したことだという。顔の広い彼女が、アルストリアを発つ前に『別れの挨拶』と称して何通もの手紙を書いていたことを、フィアは思い出した。あれが知人に何かしらの打診をするためのものだったということか。




