轟く足音
一人きり、いくらでも時間があったから何度も繰り返し考えた。
最初の講和の条件を聞いた時、アーセリオンが求める王女はマリエンナのはずだと抗うべきだったのだろうか。そうすればかの国の王の怒りを買わずに済んだのか。
それともフィアが向かったことは間違いではなく、父王の命令を実行できなかったことが間違いだったのか。何も考えずに暗殺を実行するべきだったのか。
あるいはいっそのこと暗殺計画の存在をアーセリオン国王に暴露していたらどうなっていただろう。それによってアルストリア王家がアーセリオンの怒りを買ったとしても、暗殺を実行した時に比べれば民及ぶ害は少なかろう。
でなければ呼び戻す手紙が届いた時に、いくら妹が呼んでいたとしても戻るわけにはいかないと毅然と宣言するべきだったのか。そうすればアーセリオンに人身御供不在という状況を、つまりアルストリアから講和条件を一方的に毀損するような真似をさせずに済んだ。でも、もしかしたらフィアがアーセリオンに居たところで、かの王にとっては何の意味もなかったのかもしれない。講和の条件など形ばかりのことで、実際にはいてもいなくても状況は変わらないのかもしれない。
どれだけ考えても全て過ぎたことだ。もう取り返しはつかないしフィアには現状を変える力はない。
フィアの膝の上に熱い涙がこぼれ落ちて、瞬く間に冷えていった。
『お前は泣くような女ではなさそうだ』
サイラスが笑って言った言葉が脳裏に甦る。彼は一体、フィアをどんな女だと思っていたのだろう。
苦しくて悔しくて流した涙の数など数え切れないほどだというのに。
毛布をきつく引き寄せてフィアは嗚咽を噛み殺すのだった。
それからまた幾日が経ったか。静まり返った塔の部屋に再び扉を叩く音が響いた。
フィアが顔を上げると、先日も訪れた父王からの従者が姿を現し、手にした手紙を掲げながら丁寧に一礼した。
「フィア王女殿下、アーセリオン国王陛下より再び書状が届きました」
前回返事をした日を思えば、随分と早い知らせだった。今度はどういった内容なのかと、不安を胸に従者から手紙を受け取った。またしても封が切られていることに気づき、彼女は唇を引き結ぶ。すると従者が察したように言った。
「その手紙の内容について、陛下が大変ご立腹でいらっしゃいます」
そう言われてひやりとしながらフィアは手紙に目を落とした。
『いつ戻るのか? アーセリオンには優れた医者も多い。妹の病を治療するにも役立つのではないか』
父王が激怒した理由は明らかだった。アーセリオンに優れた医者がいるということをわざわざ綴るのは、マリエンナをアーセリオンに連れてくるようにという意味を含んでいるからだ。
従者はフィアが読み終えるのを待ってから、言葉を続けた。
「陛下は大変なお怒りで、すぐにも、アルストリアで充分な治療を行っているので心配無用の旨を綴るよう仰せです」
従者は再び机の上に紙とインクを用意してフィアに返事を書くよう促してきた。
フィアは机に向かってペンを握ったものの、言葉がまったく出てこなかった。彼女は深く息をつき、じっと動かずに考え込む。
それからふと顔を上げて従者に告げた。
「手紙が来るなり即座に返事をしては、とってつけたように思われます。アーセリオン国王陛下は、そういったことに大変聡い方です。疑われては元も子もありません」
「……では、どうせよと」
「返事を書くのに自然な時間を置くべきです。せめて二日か三日、待ったほうが良いのではないですか」
従者は眉を動かしたものの、実際にサイラスと対面しているフィアのこの言葉は説得力を持ったようだった。少しして従者は「陛下にお伝えいたします」と言ってペンと紙を取り下げ、退出していった。
報告を受けた父王がどう反応するかは分からないが、流石に自分たちがついた嘘が露見しやすくなるようなことをわざわざする意味はない、そのくらいの判断はなされるだろう。
この僅かな時間稼ぎの間に、サイラスが疑うことなく時間を費やしてくれる返事を考えなければならない。
ただ、どんな内容にすれば良いのか今のフィアには全く思いつかなかった。
それから三日後のことだった。
自分が稼いだ日数を使い果たしても返事を考えあぐねてぼんやりとしていたフィアは、突然、外で起きた騒ぎにはっとして寝台から降りて立ち上がった。
外に聞こえるのは悲鳴と怒声だろうか。揉めている声が響き渡っている。
戸のすぐ向こうにいるだろう兵士に向けてフィアは「何が起きている!?」と尋ねたが返事はなかった。
塔の中に響き渡るのは、階段を駆け上ってくる兵の足音だろうか。それにしては重たく、まるで重装騎兵の突撃かのような――
フィアは只ならぬ気配に扉から離れて後退った。次の瞬間、分厚い扉が轟音と共に勢いよく蹴破られ、砕けた木片が床に散らばった。
大柄な影が獣のように勢いよく飛び込んでくる。
「……!」
顔を上げた男と目があってフィアは息を呑む。獣と思ったのは、アーセリオン国王その人であった。
陽の光が僅かに差し込む室内を、鋭い瞳を細めながら一瞥した彼は、一言も発さずにフィアへ向かって近付いてくる。
「陛下……!?」




