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凍える塔と偽りの手紙

 蟄居先として連れて行かれたのは自分の部屋ではなく、城の裏手にある古い塔だった。かつては牢獄として使われていたというその塔は、外観からして荒れ果てており、周囲の冷たい風が不気味に吹き抜けていた。

 扉を開けて入った部屋は酷い有様だった。壁にはひびが入り、隙間風が容赦なく吹き込む。家具はほとんどなく、置かれているのは古びた寝台と粗末なテーブルだけだった。窓は小さく、そこから差し込む光も弱々しい。


(ここに閉じ込められるのか)


 フィアは思わず憂鬱な息を噛み殺す。この扱いは単なる蟄居ではなく幽閉そのものだった。しかも世話役の一人も置かれないという厳しい環境に、彼女の心はさらに沈んでいった。

 このままここで野垂れ死ぬまで閉じ込められることになるのかもしれない。

 夜になり、寒さに震えながら暗がりで一人過ごしていると、かすかな足音が聞こえてきた。驚いて振り返ると、扉がそっと開いて一人の侍女が姿を現した。


「フィア様……!」


 手燭の頼りない明かりを持って現れたその侍女は静かに礼をする。


「初めてお目にかかります。私は王宮の東棟で働いておりますエリンの友人です。少しでもお役に立てたらと思って参りました」


 彼女はそう言ってテーブルに手燭の明かりを置く。フィアの胸にじんと熱いものが広がる。こんな厳しい状況でも味方になってくれる人との縁を、遠くエリンが繫いでくれていたことが嬉しかった。


「でも、あなたまで危険に巻き込むわけには……」


 身を案じてフィアがそう言うと侍女はにっこりと笑った。


「どうかお気になさらないでください。エリンが敬愛するフィア様のお役に立てることは、私にとっても喜びです」


 彼女は用意してきたパンとワインを差し出し、寒さを凌げるように毛布を置いてくれた。明かりの置かれていない部屋のため沢山の蝋燭も持ってきてくれており、真っ暗だった部屋がほんのりと明るくなった。


「塔を警備する兵達もフィア様へのこの度の懲罰には疑問を覚えているのです。お陰でこうしたものをお届けしたいと相談したら快く通してくれました」

「ありがとう。心から感謝します」

「アーセリオン王のお怒りを静めるため、マリエンナ王女を差し出すしかないという話は少し前から議論されていたのです。それを長引かせるために陛下はマリエンナ様が重篤な病であると偽っておられるご様子」


 そんな小細工はそう長く保つはずもないのに、アルストリアの重臣達は事を引っ張ることだけに腐心しているのだった。

 沈んだ面持ちのフィアを励ますように侍女は「また明日参ります」と告げてひっそりと去って行った。

 ろくに暖も取れない厳しい寒さと孤独な日々の中、時折訪れる侍女の助けがフィアにとって唯一の救いだった。父王の目を盗んで運ばれるたまのあたたかな食事を感謝しながら受け取り、それだけで辛うじて日々をやり過ごしていた。

 そんな生活が十日ほど過ぎた頃、塔に父王からの使いが訪れた。黒いマントを纏った従者が扉を叩き、フィアの前に一礼して立った。


「フィア王女殿下、アーセリオン国王陛下からの書状でございます」


 彼は既に封を切られた状態の手紙を差し出してきた。寒さに震える指でその手紙を受け取り、目を通す。


『妹の具合はどうだったのか?』


 たった一文、短く簡潔なその内容に口元に自嘲気味な笑みが浮かぶ。


(マリエンナ……)


 彼の関心が向けられているのは、誰からも愛される可愛い妹マリエンナ——彼が問うたのは妹のことだけだった。

 使者はフィアが目を通したのを確認すると丁寧な口調で続けた。


「殿下。この場で速やかに返信を綴るように、との陛下のご命令でございます。必要な紙とインクはこちらにご用意しております」


 彼は手際よく用意した紙とインクを粗末な机の上に置き、ペンも差し出してきた。用意周到なことである。

 勿論、内容はこの従者に確認されるから滅多なことを書くわけにはいかない。

 フィアは机に向かい、かじかんだ指先でペンを握った。従者と背後の兵たちの視線を感じながらも、彼女は慎重に言葉を選びつつペン先を走らせる。


『お気遣いいただき感謝いたします。病が重いためか、とにかく私を恋しがり、離れたがらない様子です。当分、そばに寄り添ってやりたいと思います』


 手短に返信を書き終えるとフィアはそっとペンを置いた。父王と重臣がついた嘘を補強するために偽りの言葉を紡ぐたび、自分自身が削られていくかのような苦痛を覚えずにはいられない。

 書き終えた手紙を差し出すと、父王の従者は中身を確認して頷くとそれを懐に収めた。


「確かにお預かりしました。こちらをアーセリオン国王の元へとお届けいたします」


 その言葉と共に従者は再び礼をし、さっさと部屋を退出していった。扉が閉じられると塔にぶつかる風の音のほか、聞こえる物音もなくなった。

 フィアは簡素な寝台の上で膝を抱え、背を丸めた。部屋に満ちる静寂はまるで世界から切り離されてしまったかのようだった。


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