表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/44

試される価値

「こんな時間に……どうなさいました?」


 一番の謎についてフィアが尋ねたがサイラスはそれには答えず、彼女の顔をまじまじと見つめ、ふと口を開く。


「泣いていたのか?」


 突然の問いにフィアは思わず目を瞬かせた。


「泣いておりません」


 彼女の返答にサイラスは軽く笑った。


「それはそうか。お前は泣くような女ではなさそうだ」


 その言葉にフィアの胸がチクリと痛んだ。けれども表情には出さず、ただ唇を引き結んだ。彼の言葉が無意識のものなのか、それとも意図的なものなのかは分からなかったが、どちらにせよ彼女の心を傷つけたことは確かだった。

 サイラスが夜更けに訪れたということは、あるいは夜伽を求められるのではないかとフィアは考えていた。だが、彼の様子からはそんな気配は微塵も感じられない。ただフィアを一瞥しただけだった。


(やはり私は、そのような対象には不向きだということだ)


 胸の中で静かに呟きながら、フィアは自分の存在意義を問い直すような気持ちに苛まれた。その一方で、サイラスは彼女の顔が強ばっていることに気づいたらしい。


「怒らせるつもりで言ったわけではないんだが……」

「とんでもない。怒ってなどおりません」


 彼女は丁寧に返事をしたが、その声には力がこもっていなかった。

 サイラスはフィアの硬い態度に気づいたのか、ふっと立ち上がって外套を掴んだ。


「それでは戻る」


 突然の言葉に流石に驚いたフィアは思わず腰を浮かせて口を開いた。


「今から戻られるのですか?」


 サイラスは彼女へ視線を落として軽く肩を竦める。


「様子を見に来ただけだ。どうせ朝には城へ戻らなければならなかった」


 その言葉には何の感情も込められておらず、ただ事実を述べているだけのようだった。

 訪問の意図がまるで見えないまま来たと思ったらすぐに帰って行く。サイラスはそれ以上の言葉を残すこともなく、外套を羽織ると立ち尽くすフィアを置いて部屋を出て行ってしまった。

 翌朝、朝食の席でナディアがお茶を注ぎながら「殿下、昨夜の陛下とのご面会はいかがでしたか?」と問い掛けてきたが、フィアは返答に窮した。感想を持てるような会話はなかったからだ。


「……何もありません」


 短い答えに、ナディアはそれ以上追及することなく微笑んだだけだった。

 その日の夜も、またしても夜更けになってサイラスが離宮を訪れた。静まり返った廊下を歩く足音が近づいてきたかと思うとナディアが部屋の扉をノックして「陛下がお越しです」と告げる。

 正直、足音が聞こえた時点でギクリとしていたフィアはサイラスの訪れを確信すると緊張にその身を強ばらせていた。

 小広間に向かうとサイラスは前回と同じように無造作に椅子に腰を下ろしていた。だが、フィアが硬い表情で応じる様子を見て、彼は少し眉を寄せた。


「……茶を一杯飲んだら帰る」


 その言葉通りサイラスはナディアが出した茶を口に運び、特に何も言わずに立ち上がった。


「では、また」


 それだけを言い残し、部屋を出て行った。

 何を考えてわざわざ離宮を訪れているのか分からない。そしてまたしても夜伽さえ命じられない自分が彼にとって無意味な存在であるという思いがフィアの胸を重くしていた。

 翌朝、ナディアが昨夜の出来事について控えめに呟いた。


「毎夜わざわざ離宮にお越しになるのに、すぐにお帰りになるなんて……」


 その言葉にフィアはかすかに手元へ視線を落とした。彼女の心には、冷たい確信が浮かんでいた。


(それは私にまるで魅力がないからだ)


 胸の内に湧き上がる劣等感を押し殺すのが精一杯でフィアは何も答えられなかった。

 サイラスはフィアを好きに扱える立場にある。現に城への滞在を許さず離宮に閉じ込めることをしてみせた。同じように夜伽をしろと命じられればフィアはそれに応じる以外の選択肢を持たない。それなのに、わざわざ無価値なのだと知らしめるように威圧だけして帰って行く。


『図体ばかりが大きくて、愛らしさの欠片もない』


 父王の言葉が耳の奥に響く。愛らしさ——妹の爪の先程度にでも、それを持ち合わせていたら何か違ったのだろうか。



 その夜もまたサイラスが離宮を訪れた。広間で出迎えたフィアは、それまでの硬い態度は捨て、一変して柔らかな笑顔を浮かべていた。


「陛下、ようこそお越しくださいました」


 ナディアの出迎えではなく、フィアの出迎えであったこと。そして彼女のかつてなく明るい声と微笑みに違和感を覚えたのかサイラスは眉をわずかにひそめる。彼はただ無言で彼女を見下ろして、やや怪訝そうにしていた。

 フィアはその視線に気づいてもなお、精一杯の笑顔を崩さずにいた。慣れないぶん少しぎこちないかもしれないが、自らを奮い立たせる。

 今日は、ナディアにあらかじめ自分で陛下をお迎えしたいと伝えてあった。

 来訪を約束されているわけではなかったが夜中まで玄関ホールでじっと座って待ち続け、小広間では事前に用意してあったティーセットで自ら茶を淹れる。


「どうぞ、陛下」


 長椅子に掛けたサイラスはカップを差し出す彼女の振る舞いを無言で見つめながら、ゆっくりとカップを受け取った。椅子に腰掛けた彼の表情は相変わらず無感情のように見えたが、やはりどこかしらに不自然さを感じているようだった。

 フィアは彼の前に膝を折り、静かに頭を垂れた。


「陛下。この数日、私の不出来な態度によりご不快な思いをさせてしまいましたこと、深くお詫び申し上げます。私がこのような様であっても、アルストリアの至宝であるマリエンナ王女は——」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ