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夜の来訪

 フィアが馬車から降り立つと、すぐにサイラスが言っていた新しい侍女と見られる女性が建物から出てきて足早に近づいてきた。しなやかな身のこなしの彼女は、淡い茶髪を後ろで一つにまとめ、落ち着いた目元に柔らかな微笑みを浮かべていた。歳の頃はエリンと同じくらいだろうか、フィアよりは年長と思われた。


「アルストリア王女フィア殿下。ナディアと申します。以後、この離宮にて殿下のお世話をさせていただきますので、どのようなことでもお気兼ねなくお申し付けくださいませ」


 挨拶と共に膝を曲げて優雅に一礼したナディアは、フィアに「はじめにこの離宮を簡単にご案内いたします」と説明をしてくれた。

 使用人は少なく、侍女としてナディアが滞在するほかは下働きの老夫婦が森に入ったところの小屋に常駐しているだけであること。しかし手入れは常日頃行き届いており、不自由のないように十分に気を払うので、安心してほしいこと。

 屋内に入り、玄関ホールで周囲を見渡しながら各部屋の説明を終えたナディアは、それにしても…と頬に手を当てて溜息をついた。


「殿下を乗馬服のままここにお連れするなんて……騎士たちも殿下を称えるばかりで気遣いが足りないのですわ」

「……?」


 フィアは言われた意味がよくわからない。騎士から称えられたことなどないし、それと乗馬服の何が関係するのかもわからなかった。

 ナディアはフィアを奥の浴室へと案内する。


「殿下、さぞお疲れのことでしょう。湯の準備は整っておりますので、すぐにもお召し替えいただけますので、こちらへ」


 フィアが来るとわかっていたため、あらかじめたっぷりと湯を沸かして浴室を万端整えていてくれていたらしい。困惑がないでもなかったが、あたたかな湯で身を清めると気分がいくらか和らいだ。

 その後、ずらりと並んだ着替えのドレスを見せられて驚く。アルストリアから持ち込んだものではなく、真新しいものだ。


「この衣装は…?」

「先日、採寸をされた際に何着かご用意しておりました。もしかしてお気に召すものがございませんか?」

「いや……」


 明らかに自分に不似合いとわかる可愛らしい衣装以外なら、もともと装束に頓着しない性質のフィアが用意された衣服に文句のあろうはずがない。自分で選ぶのは諦めて、どれでも良いと伝えるとナディアは深い緑色のものを選んでフィアに着せ、豊かな髪をゆるく結い直す。

 部屋へ案内され、長椅子で待っているとナディアがすぐに湯気の立つお茶を運んできた。ローテーブルに並べられた皿にはアルストリア産の菓子が並べられている。


「どうぞ。おくつろぎください」

「……ありがとう」


 フィアはそっとカップに手を伸ばした。湯気とともにカモミールの香りがふわりと立ち上り、彼女の張り詰めた緊張の糸を少しだけ和らげてくれた。口に運んだ砂糖菓子の甘さも口の中でほのかに広がる。

 疲労困憊しながらやってきたフィアがリラックス出来るようにという気遣いを感じる。

 それらを用意するナディアの有能さと感じの良さをフィアは素直に認めた。だが、どうしても心が晴れない。ローク城に残していくことになったエリンやミラのことが頭を離れなかった。


(あの二人は今、どうしているだろう)


 突然、主人が離宮にやられ、不在となって驚いたことだろう。不安に思っているだけならまだ良いが、不遇の扱いを受けているなら辛すぎる。胸が重くなり塞ぎ込むフィアの様子に気付いたのかナディアが穏やかに話しかけてきた。


「殿下、離宮はとても落ち着いていて過ごしやすい場所です。何かお気づきのことがあれば遠慮なくお申し付けくださいね」


 フィアは軽く頷いたものの、その心はここにはないままだった。


 † † †


 離宮での生活が始まって数日が過ぎた。静かな環境はむしろ孤独感を深めるばかりで胸が塞ぐ。

 ナディアは何かと気を配ってくれていた。ある日には以前乗った栗毛の馬を連れてきて、気分転換に散歩でもと提案してくれた。


「離宮の周辺には、森や小川もございます。気分転換にも良いかと存じます」


 けれどもフィアは首を縦には振らなかった。


「お気遣いは感謝しますが……今はそのような気分ではありません」


 ナディアはどこか心配そうな目でフィアを見ていた。それでも彼女はそれ以上勧めることなく静かに去っていった。


(何をしていても、のしかかる鉛のようなこの重苦しさが消えない……)


 その理由は分かっていたが、解消のしようもない。冬に差し掛かった長い一日がただ何もなく過ぎていく。静寂に包まれた離宮の中で、フィアは自分が無力であることを痛感していた。

 夜も更け、フィアが眠りにつこうとしていた頃だった。扉をノックする音が、静まり返った室内に響く。続く声はナディアのものだった。


「殿下」

「——はい」


 フィアが応えると扉の外でナディアが「陛下がお越しです」と告げる。

 狼狽するまいと思っても予想外のことにフィアは一瞬硬直した。


(こんな夜中に、何の用があって離宮まで?)


 急ぎ立ち上がったフィアは手慣れた所作でドレスを身に纏う。もともと一人でしてきたことだからとこの離宮に来てからも身支度でナディアの手を借りることは殆どなかった。

 すぐに簡単な化粧まで済ませて寝室を出るとナディアが「小広間へ」と手振りで案内してくれた。

 足早に小広間へ向かうと、三人掛けの長椅子にあの圧倒的な存在感を持つ男が座っていた。無造作に脱いだ外套を傍らの背もたれにかけている。

 ナディアが手際よく彼と、その向かいの席にティーカップを並べると、一礼して音もなく部屋を後にする。

 サイラスの鋭い目が、向かいに腰を下ろしたフィアを見下ろした。


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