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遠ざけられた者

 ハッとしたフィアは視線をいつの間にか目覚めていたサイラスに向ける。彼は長椅子に身を横たえてリラックスした様子のままフィアのほうを見ていた。


「…っ、空を」


 微かに涙の滲む目を瞬かせてフィアは答えた。


「空を見ていました」

「……雲が早いな」


 サイラスが同じように視線を空に投げ、ゆったりと呟いた。


「こんなに気持ちの良い風が吹いているのだから昼寝でもしてはどうだ?」


 思いがけない言葉にもフィアは表情を動かさない。


「恐れながら、私はそのようなことを許される立場にありません」


 彼女が硬く返した返答にサイラスは片眉を上げたが、それ以上は言わなかった。ただ、静かに目を細めてフィアの顔を見つめるだけだ。


(暗殺という道は私には選べない。穏便な手を打たなければ……)


 思考を巡らせた末に彼女は決心した。緊張を隠し、声を落ち着けて口を開く。


「そんなことより、陛下。ひとつお伺いしてもよろしいでしょうか」


 珍しくフィアのほうから話題を切り出すとサイラスが促すように僅かに顎を上げた。そして言葉を待つように静かな興味をその目に浮かべる。


「迂遠な物言いはあまり得意ではございませんので、単刀直入に申し上げます」


 簡単な前置きのあと、フィアはサイラスの目を真っ直ぐに見つめ、言葉を続けた。


「陛下は、マリエンナ王女を迎えることをお望みですか」


 その瞬間、サイラスの表情が変わった。驚きとも取れる僅かな視線の動きの後、彼の目に凍えるような冷たさが宿った。これまでのどの場面よりも鋭く、威圧感を帯びた視線だった。


「……何だと?」


 低い声はまるで突き刺すような鋭さで放たれ、サイラスの目は明らかに不快感を帯び、彼の全身から冷たい空気が滲み出す。

 フィアはその目に耐え、視線を逸らさないように努めた。視線の重圧で胸が押し潰されそうになるが、気丈さを失うまいと必死になる。彼女は膝の上で両手を固く握り締めた。

 おもむろに身を起こしたサイラスは、そのまま立ち上がった。長身の彼が立つと、椅子に掛けたフィアは完全に見下されることになる。凍えるほどの視線が上から注がれる中、フィアは首をそらして彼を見上げたが、降ってきた言葉は完全に予想外のものだった。


「西に離宮がある。今日からそこへ行け」

「え…」


 突然の言葉にフィアは目を見開いた。低い声で放たれた命令は彼女の心を鉛のように重くする。彼の意図を測りかねたが、続く言葉はさらなる困惑を招いた。


「侍女は連れて行かせない」


 その一言が、フィアの胸に強い反発を引き起こした。冷静さを保とうとしても声が震える。


「彼女達は私にとって必要な存在です。それを奪うというのは……一体どういう…」


 サイラスは冷えきった目を彼女に向けたまま答えなかった。その沈黙が、フィアには圧迫感となってのしかかる。彼の瞳はあくまで感情を見せず、意志の強さだけを浮かび上がらせていた。


「理由をお聞かせください。それに残された侍女達はどうなります」


 フィアが強い調子で問うとサイラスはほんのわずかに目を細めたが、表情を変えることなく短く言った。


「侍女はこのまま預かる」


 フィアは言葉を失い拳を膝の上で血の気の引くほど握りしめた。彼の目に見える怒りと冷たさは、明らかにマリエンナの名前を出したことが原因だと彼女は思った。


(余計なことに言及して怒りを買ってしまったのだ。マリエンナを呼び寄せるまで私は軟禁ということか)


 そう考えた途端、胸に広がるのは苦しみと無力感だった。だが、サイラスは彼女の心情を一切無視するかのように言葉を続けた。


「離宮は好きなように使うといい。設えたいものがあれば申し出れば整えさせる」


 フィアは目を伏せる。沈黙する彼女の姿を見ても、サイラスは特に気にする様子もなく、さらりと付け加えた。


「慣れた侍女を一人つける」


 アルストリアの侍女を外して代わりの侍女をつけるのは監視の意図か。

 何を言っても無駄だという空気が彼女を包み、口を閉ざさせた。噛み締めた唇も血の気を失い白くなる。

 サイラスはそれだけ言うと踵を返して去っていった。


 † † †


 西の離宮は、ローク城の西側に広がる森を抜けた先に位置する。

 フィアが最初にサイラスによって連れて行かれて昼食として粥を与えられたあの森の向こう側だ。馬で向かった時には森の浅いところまで進むのに道なき道を走った覚えがあるが、実際には城から森を抜けるため馬車の通れる道が整備されており、小一時間の道程で到着した。

 サイラスとの面会の後、部屋に戻ることさえ許されずに馬車に詰め込まれて送り出されたフィアは困憊の表情で馬車を降りる。

 秋の長い夕陽が白亜の外壁に反射し、建物全体を金色に染めていた。

 ローク城の重厚で質実剛健な雰囲気とは対照的な様子を見せていた。城に比べればこぢんまりとしているが洗練された造りが目を引き、高いアーチ型の窓は沈む前の最後の夕陽を強く反射していた。

 入り口へと続く石畳の道は滑らかに整備され、その脇には低木の生垣がきれいに刈り揃えられていた。丁寧に手入れされている様子の伺える庭には秋の花が彩りを添え、風に揺れるその様子が白い壁との対比でいっそう映えている。

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