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束の間の息抜き

 翌日、アルストリアからの商人がローク城を訪れたのは、午前の陽がまだ高い頃だった。

 ロウに連れられてやってきた広間には商人たちが商品を並べており、鮮やかな絹織物や繊細な装飾が施された宝飾品、そして香り高い砂糖菓子など、アルストリアの名産品がずらりと取り揃えられ、所狭しと並んでいた。

 気の良さそうな商人がすっと近付いて声をかけてくる。


「何か気になるものはございますでしょうか?」

「ドレスを仕立てたいので布を」

「それではどうぞ、こちよりお選びくださいませ」


 フィアを先導する商人が丁寧に一礼し、展示台を指し示した。フィアはその言葉に軽く頷きながら、エリンとミラを伴って布の並ぶ台へと向かった。


「二人とも良いものを二、三着分選ぶといい」


 フィアの言葉に、エリンが戸惑いの表情を浮かべる。


「しかし、フィア様……」

「急な出立で十分な用意も出来ず、二人とも不自由しているだろう。この機会に少し衣服を増やしたとて、まだ足りないくらいだ」


 フィアが重ねて促すと物怖じしないミラが「では、お言葉に甘えて」と笑顔を浮かべ、布を手に取る。彼女は鮮やかな色合いの布を次々に広げてもらっては、エリンにも似合いそうなものを勧めている。

 エリンも遠慮がちながら、「それでは…」といくつか布を選んだ。

 やがて彼女たちの選んだ布の支払いをしようとした時だった。フィアがあらかじめ用意してきていた金銀の貨幣を手渡そうとすると、商人が軽く手を上げてそれを断ってくる。


「王女殿下、この度のお代はすべてアーセリオン国王陛下より賜ることになっております」

「陛下に?」


 フィアは驚きの表情を浮かべたが、すぐに昨日のサイラスの言葉を思い出した。好きに買い物をするといいと言われたことが頭をよぎり、これは彼なりの気遣いなのかと首を傾げる。


(あんな話をした後で、アルストリアの王女に、自国の商人の品を買い与えるのには、どんな意図が?)


 考え込むフィアに寄り添いエリンがそっと促す。


「フィア様、私どものことばかりでなく、どうかご自身のためのお買い物もなさいませ」

「私の?」

「ええ。ミラが後から運んでくれたとはいえ、アーセリオンへの滞在は長期間に及びます。新しい衣装をお仕立てになるべきですわ」


 フィアは言われるままに商人が次々と見せてくれる布を眺めたが、あまり気乗りはしなかった。元々華やかに装う機会も少なく身を飾ることには関心が薄い。豪奢な衣装を求めるよりも実用的な装束を揃えるほうが本当は性に合っていた。


「これなどいかがでしょう?」


 ミラが微笑みながら、美しい花模様の刺繍が施され白い布を手に取った。それをフィアに軽く当ててみせると、「お似合いです!」と声を上げる。


「私には少し、可愛らしすぎる」

「でしたらこちらは?」


 フィアはためらいを見せるが、ミラはさらに意気込んで別の布や髪飾りを手に取り、次々にフィアに合わせては「これも素敵です」「お顔立ちが引き立ちます」と楽しげに勧めてくる。

 フィア自身はあまり興味を示さず、結局自分のためには一着分の布を買うに留めた。他にアルストリアの美しい細工の施された花の香りのする砂糖菓子を求める。こうしたものは、三人で過ごす時間のささやかな愉しみとなってくれるはずだ。

 買ったものはのちほど部屋に届けられるといい、フィアは二人を伴って広間を辞去することにした。去り際、商人が言う。


「また十日後に参ります。その際は腕の良い仕立て職人も連れて参りますので、ぜひお召し物をお作りください」


 商人が頭を下げて見送る中、フィアたちはその場を引き上げた。

 部屋に戻ってから、フィアはエリンに声を掛ける。


「さっきのは知り合いか?」


 ミラがあれこれとフィアに布を見せている間、エリンが商人の従者と話し込んでいるのを見かけて不思議に思っていたのだ。エリンはすぐに微笑を浮かべて答えた。


「偶然、同郷の者がおりましたので、家の様子を尋ねておりました」

「そうか……」

「王城がアーセリオンに襲われたことなどは、民には知られていないようですわ。私の家も特に変わりないとか」

「動揺広がっていないのは良かった」

「ええ。何事も変わりなく……」


 エリンは笑みを浮かべたまま肩をすくめる。


「なにしろ私を案じる者はおりませんもの」


 その言葉にフィアの胸は痛んだ。エリンは自分の人生を投げ打つようにして、ずっとフィアに付き従っているのだ。マリエンナに仕えていたなら、王宮での華々しい社交の場に出ることも良縁に恵まれることも確実なのに、自分に仕えたが故に彼女は陰のような存在になってしまった。けれどもそれを全く苦にせず真心を込めて仕えてくれていると分かるからこそ、切なくなる。

 ミラもそうだ。今回アーセリオンに赴くフィアのため、荷物と共に後から着いてくると言い出した時には若い彼女には今後いくらでも他の道があるし、ご家族も心配すると諭したものだったが、言い出したら聞かなかった。自分は子爵家の三女で、両親からは期待も心配もされる立場にない。だからフィアに着いていき、ずっとお仕えしたいと無邪気に言ってくれた。

 彼女たちにはドレスを数着仕立ててあげる程度では見合わない苦労を掛けている。

 それでも慣れぬ異国の地で二人がそばに居てくれることはフィアにとって本当に有難いことだった。


 † † †


 数日が過ぎたある日の昼、ロウがフィアの部屋を訪れ、いつもの無愛想な顔で告げた。


「陛下が昼食をご一緒にと仰せです。すぐに晩餐室へお越しください」


 その言葉に、エリンは驚きと共に憤りを露わにした。


「すぐに? 前触れもなくそのような…」


 抵抗を示すエリンの言葉にもロウは特に反応を示さず、淡々と一礼して室外に退去する。残されたエリンはなおも怒りを滲ませた表情でフィアを振り返った。


「これはあまりにも無配慮に過ぎますわ」

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