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呪いの言葉


 王太子殿下と元冴えない令嬢のラブロマンス。会場内のほとんどの人間にとってそれは祝福に値する出来事であった。なんたって、妖精の愛し子である王太子殿下と妖精が認める婚約者なのだ。

 スピライト国にとってこれほど有益なことはない。きっとクラウディウスが王位を継げばこの国は今よりももっと栄えるであろう。明るい未来を想像し、お祝いの声も一層大きくなる。

 人々が祝福ムードに包まれたその一瞬の隙をついて拘束から抜け出したシャーロットが真っ直ぐにエラに向かって走り出した。

 キャー!と、どこかの令嬢の叫び声に会場内の空気が変わるのが分かった。真っ赤なドレスでこちらに向かってくるシャーロットは鬼気迫る様子だ。「ひっ」とエラが息を呑むほどに。


「あんたなんかっ!!一生呪われていなさいよぉっ!!」


 エラに掴み掛かろうとしたシャーロットは、クラウディウスによって床にダンッと押さえ込まれた。しかし彼女の口は止まらない。


「親にすら愛されなかったあんたが愛されるわけないわ!この先の人生でも!永遠にね!」

「っ…おねえ、さま…」

「あー!気持ち悪い!あんたみたいな気持ち悪い女は私の妹でもなんでもないわよ!ホルト家の汚点よ!妖精にイタズラされるなんてキズモノと一緒よ!このっ呪われた存在め!!っぐぅっ…!」


 走ってきた騎士によって猿轡をされるまでシャーロットは叫び続けた。

 姉からの呪詛はエラの心に重く重くのし掛かる。


 もしかしたら容姿が戻ったことで家族関係をやり直せるんじゃないかと、心の隅っこで考えていた。もしかしたら家族から「今まではごめんね」と、「これからは仲良く暮らしましょう」と、言われるのではないかと期待した。お前ではなくエラ、と呼んでもらえるんじゃないかと。

(私はとっくの昔に、お姉様の妹ではなくなっていたのね)

 そう、気付いてしまった。エラはつぅ…と一筋だけ涙をこぼして、連れられていく姉を無表情で見送る。まだ家族を愛そうとしていたエラの心が、音を立てて壊れていった。


「すまない。拘束が甘かったようだ。あんな言葉を口走るなんて…」

「いえ。殿下が悪い訳ではないので」


(それに、そう言われる私の方に問題があるのかもしれませんし)

 喉まで出かかった言葉を、なんとか飲み込んだ。自分を卑下する言葉の代わりにエラは微笑む。その笑みはクラウディウスを安心させるには十分な効果を持っていたようで、ホッと胸を撫で下ろすのが見えた。

 クラウディウスはエラの手の中にある箱を預かり受け、中から指輪を取り出す。


「エラ、手を」


 スピライト国では左の薬指に婚約指輪を付ける。結婚指輪は右手の薬指だ。左薬指にはめられた指輪は、不思議とエラの指にピッタリだった。

 ワァッと歓声が上がる。楽団の音楽が再び流れ始める。

 クラウディウスが舞踏会の再開と閉会まで楽しんで欲しいとの言葉を皆に告げる。エラはそれをどこか遠くで聞きながら、ただ義務感で微笑んでいた。



*※*※*※*※



 クラウディウスはエラを伴ってバルコニーへと向かう。夜会独特の人の熱気に当てられた頬に、夜風が心地よい。


「疲れただろう」

「大丈夫です」

「…疲れないわけがない」


 ファーストダンスの時間からエラはずっと動きっぱなしだった。しかも実の姉にあのような言葉をぶつけられるシーンもあったのだ。体の疲れだけではなく心の疲れだってあるだろう。

 エラは気を張っていたからかまだ動けそうな気さえしていたが、クラウディウスに促されバルコニーのベンチに座ると途端にドッと体に重さを感じた。

 クラウディウスが持っていたグラスをエラに渡し、2人で乾杯をする。シャンパンの気泡が静かなバルコニーでシュワシュワと弾けた。しばしの沈黙が2人の間に流れる。


「ーーエラ」

『やーっとはなせるのー?』

『まってたよ〜』


 クラウディウスが彼女の名前を呼んだ声に被せるように、鈴の鳴るような声がいくつかした。それは、先程は上位の妖精に遠慮して姿を見せなくなっていた小さな妖精たちだった。


「えっ!?…あなたたちが、妖精…?」

『コンニチハ!やっとワタシがみえるのネ!』

『ひさしぶりなの〜』

『エラ!ずっとおしゃべりしたかったわ!』


 エラは初めて相対する生命体に、分かりやすく慌てる。それもそのはずだった。彼女は今まで妖精が見えない性質だったのだから。


「私…あなたたちが見えるわ…。どうして…?それに久しぶりって?」

「エラ、君は彼らが見えなかったのか?」

「はい。そうなんです。私は元々妖精たちの存在を感じることもできなくて…。どうして見える様になったのか分かりません」


 戸惑っていると、バルコニーの扉がキィッと軋む音がした。クラウディウスは素早く振り返り反射的に剣の柄頭を握ったが、会場から出てきた相手を見て手の力を緩める。


『お邪魔しまーす』


 ひらりんと手を振ってバルコニーに姿を現したのは先程、エラに掛かっていた魔法を解いた上位の妖精だった。ふう…と安堵の息を吐いたクラウディウスが体勢を崩す。


「このタイミングで来るってことは何か説明してくれるんだよな?」


 クラウディウスが乳兄弟に言うように、砕けた口調で上位の妖精に話しかけた。エラはそれを見て、驚くと同時に彼にとっての妖精は友達のような存在なのだなと思う。

 普通の人間は妖精が見えようとも話せようとも、友人にはなれないだろう。人型の妖精は親しくなれそうだと感じても、人間ではないのだ。人間のすることの何が気に障るか分からないし、遊ぶようにイタズラを仕掛けることだってある。そのイタズラが四肢の自由を奪ったり視力を失うことに繋がったりもする。

 しかし愛し子は違う。妖精は決して愛し子の嫌がることはしない。自身にとって絶対に害を為さないと分かっている相手となら友人関係も築けるだろう。だから、クラウディウスは妖精を自分の懐に入れて心を許している。クラウディウスにとっては下手な家臣よりも気の置けない相手が、妖精なのだ。

 エラはそれがとても羨ましく感じた。どちらに対してそう思ったのかは、エラ自身にも分からなかった。


『ええ〜?説明いる?』

「してくれ」


 2人のやりとりが面白くて、エラはふふっと笑う。エラの笑顔を見たクラウディウスは、あまりのかわいさに固まった。こちらを凝視しながら耳を染めていくクラウディウスに気が付いたエラも、同じように頬を赤らめた。

 恋愛が始まったばかりのぎこちなく甘い空気が満ちていく様子に上位の妖精はげんなりした顔を見せ、そういうのは後で2人の時にやって、とばかりにパチン!と手を合わせた。

 2人の世界を作りかけていたエラたちが弾かれたように妖精に顔を向ける。まったく…と小さく呟いた妖精は、説明のために口を開いた。


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