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妖精の魔法にかけられて


 注目を集めながら歩んでくる女性。

 それはシャーロットだった。キッ!とエラを睨みつけたあと、シャーロットはクラウディウスに向き直り憂いのある表情を作って見せた。


「殿下、これから申し上げることはホルト家の名誉にも関わることです。しかし黙っていては殿下の経歴に傷が付いてしまうと思って…勇気を振り絞って私はここに立っております。どうか発言の許可を頂けますでしょうか?」

「…許可する」


 ありがとうございます、とシャーロットが礼をした。なんだなんだと、人が詰め寄って来る。

 社交界はいつだってゴシップに飢えている。シャーロットはにやけて歪みそうになる口元を抑えながら話し始めた。


「そこにおりますのは私の妹、エラでございます。病弱で社交界にはほとんど顔を見せてきませんでした。しかし、病弱というのは嘘で、エラには『盗み癖』があるのです。そのため我々は致し方なくエラを病弱だとし邸宅から出さないようにしていたのです」


 ざわ、と会場がどよめく。盗みは平民であれば手を切られる重罪だ。貴族間でももちろん許される行為ではない。

 もちろん盗み癖があると言うのはシャーロットの嘘だったが、嘘だと知っているのはエラとシャーロットだけ。社交界で名高い姉と、今まで社交界に出たこともない妹ではどちらの言い分が通るかは明白だった。


「何度注意してもやめず、家族みんな困り果てているのです。現にエラが着ているドレスも元々私の物なのです。お気に入りのものだったのに、奪われてしまいました…」

「…っ!そんな!これは…!」

「私とも!両親のどちらとも似ていないのはあなたの性根の悪さが顔に滲み出ているからではなくって!?」


 エラの反論を消すようにシャーロットは言葉を重ねた。

 会場の中からも、そういえば、と声が上がる。


「シャーロット様があの色のドレスを着ているのをわたくし見たことがありますわ」

「確か春ごろのお茶会で着ていらっしゃったわよね」

「ええ、シャーロット様の髪色とよく合っていて、まるで春の妖精ねと褒めましたもの」


 社交界では品行方正な振る舞いをし、見た目も美しいことから『ホルトの宝石』と呼ばれるようになったシャーロットの言葉を疑う者はいなかった。


「シャーロット嬢とホルト侯爵夫人はあんなに美しいのに妹の方は確かに全然似ていないよな」

「ああ。むしろ…ククッ」

「おい、あの目つき見てみろよ。確かに性格悪そうな顔だよなぁ」


 会場中がシャーロットの主張にじわじわと染められていく。

 先程まで2人のダンスに見惚れていた者達も、今はもうエラを嘲笑の対象として見ていた。

 エラは事実が捻じ曲げられていく様に震え、自分を責めるような多くの視線に押しつぶされそうになっていた。


「わた、わたし…盗んでなんて、いません…」


 ようやく絞り出した声は、あまりにも弱々しかった。

 シャーロットは勝ったと、にやける顔を扇子で隠した。そのついでに目元に涙を仕込む。


「殿下っ、私の不肖の妹が大変失礼いたしました…!きっと殿下に擦り寄ったのも身に付けている宝飾品や、殿下の地位が目当てなのですわ。なんてお詫びをすればいいのか…」


 不名誉を承知で妹の罪を告白し、涙まで流すシャーロットに聴衆は好感を抱いてゆく。

 それにエラは盗みの証拠品とされるドレスを今現在も身につけているのだ。会場のほとんどが自分側だと確信したシャーロットはクラウディウスとエラの間に割って入る。


「エラ!あなたはもう帰りなさい!きっと今日もドレスのどこかに盗品を入れているのではないかしら?騎士の方々に調べて貰ってから馬車に乗るのよ」

「お姉様!私そんなことしていませんわ!」

「泥棒はみんな同じことを言うのよ。ほら下がりなさい!殿下、お詫びと言ってはなんですが、私が一曲お相手いたします」


 ニコリと微笑みながら、自分に手が差し出されるのを待つシャーロットにクラウディウスは嫌悪感を覚えた。自身が惹かれている女性を否定されたという憤りだけではない何かを、シャーロットに感じる。

 エラが盗みをするような女性じゃないと思ったというのもあるが、シャーロットの笑顔は薄っぺらいのだ。謝罪の気持ちも、クラウディウス一個人に対する気持ちも、何も感じない。

 この女の方がよっぽど権力欲に満ちているように思う。

 この手を、取ってはいけない。


 しかし、クラウディウスにはこの場でシャーロットの発言を否定できる材料がひとつもなかった。どうしたものかと悩んでいると、妖精がついっとクラウディウスの目の前に飛んでくる。

 他の妖精よりも一回り大きい上位の妖精のようだ。


『クラウド、ボクがこの状況を変えてあげようか?』

「…可能なのか?」

『ふふ!ボクたち妖精はイタズラが大好きなんだ!』


 フフフ!とイタズラっぽく笑って、妖精はエラの周りをくるくると飛び回った。羽根を震わせ、キラキラとした魔力をエラに注ぐ。その煌めきはエラだけではなく会場のすべての人に見え、どよめきが起こった。


「きゃっ!なっ、なに!?」


 突然謎のキラキラに包まれたエラは防御姿勢を取る。キラキラは時間と共に収まっていき、顔の前にかざしていた手をおそるおそる下ろした。

 途端に、ざわめきが起こる。


「え、な、なに…何が起きたの…」


 状況が分からないエラはオロオロとしながら近くにいたクラウディウスとシャーロットの方を向いた。2人共目を見開き、驚きの表情を浮かべている。

 先に声を掛けたのはクラウディウスだった。


「エラ…エラなのか?」

「はい…私ですけど…?」


 エラはクラウディウスにじっと見つめられる。異性に、こんなに熱い眼差しをぶつけられるのは生まれて初めてだった。急に恥ずかしくなってきて、耳までカアッと熱くなる。

 顔を赤らめたエラを見てようやくシャーロットは我に返った。


「なっ、なっ…!あり得ないわ!これがあのブサイクなエラですって…!?何か細工があるんでしょう!?被り物!?」

「ひっ!いひゃいれす!」


 ギュウっとありったけの力を込めてシャーロットがエラの頬を引っ張った。しかしエラの頬は赤くなっただけで千切れたりはしなかった。


「そんな…嘘よ…どういうことなの…!?」

「お姉様…?一体どうしたんですか?」


 引っ張られた左頬を押さえながらエラが問うと、それに答えたのは先程の妖精だった。


『君にかけていたイタズラを解いたんだ』

「イタズラ、ですか?」


 そしてエラは気が付いた。押さえた頬の感触がいつもと違うことに。

 いつもはもっと頬はまるまるとしているのに、なんだか輪郭のラインがシャープだ。

 そのまま顔中にさわさわと触れる。頬がスッキリしていて、鼻は高く、小鼻は小さくなっている。一体どう言うことなのか。


 エラ本人からは見えなかったが、小さかった瞳は2回りほど広がり、三白眼だった瞳はくりくりと大きくなっていた。澄んだグリーンは、母親であるベロニカの遺伝子を継いでいるようだ。

 三白眼で目付きが悪く、ずんぐりした鼻の、そばかすの少女はもうどこにもいなかった。

 そこにいたのは端麗な、可憐という言葉が形になったかのような少女だった。



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