表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/18

初めてのダンス


 舞踏会の会場では、今はワルツの音楽が流れている。しかしクラウディウスの耳には楽器の音色はひとつとして届いていなかった。


 心臓の音が他の人にまで聞こえるんじゃないかと思ってしまう程に高鳴っていた。クラウディウスは大きく深呼吸をしてから、エラの方に歩を進める。

 会場のほぼ端から端まで移動した上に、人混みをかき分けてエラのところまで来たせいで注目を集めていた。

 王太子妃を探すという目的で開かれた舞踏会。誰が選ばれるのか、会場中の目がクラウディウスの動向を探っている。


「こんばんは」


 なるべく落ち着いた声を出そうと心がけたが、平常時よりもやや上擦った声が出た。笑顔は、完璧なはずだ。王宮教育で散々叩き込まれたのだから。


「お、王太子殿下にご挨拶申し上げます」


 エラは声をかけた人物を認識した途端に目を丸くし、慌てて膝を折りお辞儀をした。まさか、王太子殿下に拝謁することになるなどとは夢にも思っていなかった。


「顔を上げてくれ」

「はっはい!申し遅れました。エラ・ホルトでございます」

「エラ…光を表す名前だな。美しい名前だ」

「ありがとうございます。王太子殿下にお褒めいただけるなど、身に余る光栄です」


 返答に失礼がないか、エラは内心で気が気ではなかった。

 なぜ、先程壇上で挨拶をしていた王太子殿下が目の前にいるのか。なぜ、自分に話しかけているのか。考えても考えても理由が思い浮かばない。

 そんなエラの心など露知らずクラウディウスはさらにエラとの距離を詰めた。


「あなたとダンスを踊る栄誉を私に頂けますか?」


 クラウディウスは腰を折り、エラの返事を待つ。


「えっ、え?わた、私ですか?どなたかとお間違えではないですか?」


 動揺したエラは淑女の返事すらも忘れて、本音をこぼす。形式ばった返答でない初めての素のエラの言葉に、少し顔を上げたクラウディウスは顔を綻ばせた。

 あまりにも美しい笑顔にエラはぼうっと見惚れる。その隙に、意識がお留守になった手を強引に、しかしそうとは見えない仕草で絡め取られてしまった。手を取られ、軽く腰に手を添えられて、会場の中心へと移動して行く。


「ひぇ、あ、あの、お恥ずかしいのですが…私あまりダンスの心得がないのです」

「構わない。私がリードする。…私に身を任せて頂けますか?」


 腰に添えられた手に体中の熱が集まるような気がしてくる。そんなことを考えているうちに、エラはあっという間にホールの中心に連れて行かれてしまった。チャンスを逃すまいとするクラウディウスの巧みな誘導によって。


「基本のワルツは?」

「実戦経験はありません」

「ははっ!戦わなくてもいい。楽しもう」


 クラウディウスがオーケストラに向かって何やら合図を送ると、ゆるやかな音楽が流れ始める。


「よろしく、お願いします」

「ああ。楽しんでくれると嬉しい」


 エラは過去のおぼろげな家庭教師チューターによる授業内容を総動員してホールドの形を取った。クラウディウスはエラと手を重ね合わせて、その形をさりげなく整える。

 不安の気持ちが拭えないままに踊り始めたがエラのその気持ちはすぐに吹き飛んでしまった。クラウディウスのサポートはエラが初心者には見えない程に上手く、楽しく踊らせてくれる。

 こんな風にダンスを楽しめるだなんて思っていなかったエラは、この幸運に感謝した。クラウディウスに楽しさとお礼を伝えるつもりで笑いかける。

 その笑顔にクラウディウスはギュッと心臓を掴まれる。

 もちろん、エラは美人だ、とは思わない。でも、野原に咲く可憐な花が綻ぶような笑顔だと思った。エラの駆け引きのない真っ直ぐな笑顔はクラウディウスの心を鷲掴みにした。


「…っ、その、綺麗な髪だな。素敵な色だ」

「…私もこの髪色が気に入っているんです。ありがとうございます」


 照れを隠したいクラウディウスは咄嗟に髪を褒めたが、実際、ゆるくウェーブした亜麻色はミントグリーンのドレスとよく合っていた。

 ターンするたびにふわふわと揺れる柔らかな猫毛に触れたらどんな心地だろうとつい考えてしまう。この細い腰に自分の腕を回して抱きしめられたらどんなにいいか。


 クラウディウスは、自分がどうしてこんなにエラに惹かれるのか分からなかった。自分の気持ちなのに全く分からない。ただ、強烈に心が彼女を欲している。

 正直、エラよりも美人は何人も見てきたし、同じ髪色の女性とも話したことはある。見た目だけならきっと他の女性の方が自分の好みだろう。しかし、他のどんな美しい女性にも感じなかったものをエラに感じていた。これが恋焦がれる気持ちなのか。


 そんな2人の周りを、祝福するかのように妖精達がくるくると踊る。その光景はあまりにも綺麗で会場中の人が彼らのダンスに見惚れた。

 もちろん、シャーロットのような例外もいるが。


 楽しい時間はあっという間に終わりを迎える。

 (ああ、夢のような時間が終わる…)

 エラは見事なサポートをしてくれたクラウディウスにお辞儀をしながら、今日のことを一生の思い出にしようと決めた。

 しかし、ダンスが終わって離れたエラの手をクラウディウスがもう一度取る。離れた熱が、恋しかった。


「あー…。その…もう一曲、踊ってくれないか?」

「えっ!?」


 あまりにもエラと離れがたく、もう一曲踊って欲しいと告げる。しかしスピライト国では夫婦でも婚約者でもない男女が連続でダンスをすることは推奨されていない。

 (しまった。バルコニーに誘えば良かった。)

 後からそう思ったが出した言葉は口に戻らない。こうなったら多少強引だが、もう一曲踊り名実ともに彼女こそ自分の求めていた女性だと知らしめてしまおうか。

 そう考えていたその時だった。


「クラウディウス殿下!その女に騙されてはいけませんわ!」


 そんな声と共に、1人の女性がホールに歩み出てきた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ