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王宮での舞踏会の日


 エラは日々の仕事に忙殺されながらも、舞踏会への準備を進めた。

 そして訪れた王宮での大規模なパーティの日。王領に拠点を置く貴族はもちろん、各領地を治める貴族にも声がかけられた。

 結婚適齢期の男女が集められ、舞踏会としての体裁が整えられる。もちろん婚約者同士で参加する者もいる。しかしどの家門も、仮に殿下に選ばれたとなれば今の婚約など解消して王家に輿入れするだろう。それだけの魅力と影響力が今の王家にはあった。


 舞踏会に参加できるのは当事者であるシャーロットとエラだけだ。ホルト家の家紋が入った馬車に2人は乗り込む。明らかに機嫌が悪いシャーロットに難癖をつけられないようにエラは出来るだけ存在感を消していた。


「分かってるだろうけど、なるべく私に近付かないでよね。あんたなんかと姉妹だと思われるなんて許せないもの」

「かしこまりました、お姉様」

「ふんっ」


 さすがに家の外で『シャーロット様』と呼ばせる訳にはいかないと分かっているのか、何も咎められなかった。

 しかしよっぽどエラに興味がないのだろう。シャーロットはエラがドレスに手を加えたことにも気が付かない。妹なんぞ目にも入れたくないとばかりに、窓から目を離さなかった。


 やがて馬車は王宮に着いた。


「ホルト侯爵家のシャーロット様、エラ様のご到着です」


 シャーロットは騎士のエスコートを受け、優雅に馬車を降りた。美しい金髪と飾り上げた宝石がキラリと光り、シャーロットの美貌に周囲は目を奪われる。目を引く真っ赤なドレスはシャーロットの髪色を引き立てていた。

 シャーロットの後に降りたホルト侯爵家の妹には注目はほとんど集まらず、エラは王宮内に足を踏み入れるとそのまま静かに壁際へと移動した。


 招待されている貴族の入場も終わり、舞踏会の始まる高揚感とこの機会に少しでも家に有利な繋がりを作ろうとする者たちの社交で会場内は盛り上がっている。

 エスコートする者もなく、人脈もないエラは壁の花に徹していた。特に不便はなく用意された軽食やお酒を嗜むことのできる舞踏会を、エラなりに楽しんでいるようだ。


「王太子殿下の、ご入場です!」


 パパーッとラッパの鳴る音がし、静まった会場に響く声。妖精の愛し子であり王太子であるクラウディウス・フォースターの入場に、全員が注目する。

 靴音さえも響きそうな静寂の中、クラウディウスは皆の前に姿を見せた。

 夜空を連想するような濃紺の髪に、空色の瞳。

 そしてクラウディウスの周囲を飛び回る妖精達。見る者によってはただそこに立っているだけなのにキラキラと光が舞うように見えて幻想的だった。

(も、ものすごい存在感だわ…)

 妖精が見えていないエラですらも、圧倒された。シンとなる会場内の空気をいい意味で変えたのは、王太子その人だった。


「本日は集まってくれてありがとう。領地から駆けつけてくれた者もいるだろう。感謝する。ぜひダンスや歓談を楽しんで、いい時間として欲しい。みなに、妖精の祝福があることを願う!」


 ワッと歓声があがり、会場が再び活気に満ちる。階段を降りてくる王太子殿下に顔を売ろうとする者たちが群がる。クラウディウスはあっという間に囲まれて、壁の花をしていたエラからは見えなくなってしまった。

 王太子殿下の登場も終わり、演奏が再開される。パートナーのいる者達がフロアに躍り出て舞踏会らしい雰囲気になった。

 社交をする者、踊る者、親しい人たちと歓談を楽しむ者、それぞれの夜が更けていく。


 ひとりで軽食を楽しむ冴えない容姿のエラに声を掛ける者はいない。皆、限られた時間を有用に使うために大忙しだ。


 クラウディウスへ群がっていた人波が少しだけ収まった瞬間を見計らったかのように、カツンと高いヒールの音が響く。クラウディウスの前に立ち塞がるかのように出てきた赤は、シャーロットだった。


「お初にお目にかかります。ホルト侯爵家が長女、シャーロットでございます」

「あぁ、ホルトの領地は今年も豊作だったようだな。引き続き楽しんでくれ」

「クラウディウス殿下っ、決して退屈はさせませんわ!少しお話しをしてくださりませんか…?わたくし、ホルトの宝石と呼ばれておりますの。どうしてわたくしがそう呼ばれるのか…知りたくはありませんか?」


 シャーロットはクラウディウスの指先に自分の細指を触れさせて、そのまま腕を絡め取った。豊満な胸を腕に押し付けるようにすると、周りの男達は「おお…」と羨望に満ちた声を小さく落とした。

 しかしクラウディウスはシャーロットのあからさまな色仕掛けに、貼り付けたような笑顔を見せたあとそっと彼女を引き剥がした。


「申し訳ない。今は遠慮して頂きたい」

「そんな!せめてダンスだけでもしてくださいませんか?」


 引き下がらないシャーロットに笑顔だったクラウディウスはその仮面を外し、眉を顰めた。しかし王太子としての体面を思い出したのか、寄せた眉を元の位置に戻して、せめてもの真顔を作る。


「私は本日、探している人がいるのだ。ファーストダンスはその人と…と決めている」


 失礼する、とマントを翻しクラウディウスは立ち去った。今までどんな男も手玉に取ってきたシャーロットは、彼の態度にわなわなと体を震わせる。

 美人の怒った顔は怖い。クラウディウス達のやり取りを見ていた周りの者たちは、シャーロットの凄みに一歩引いた。 


「なっ、なによ…この私をコケにするなんて…っ!私以外のどんな女を探してるって言うのよっ!?」


 シャーロットが社交の場でヒステリーを起こすのは初めてだった。なぜなら今まではチヤホヤされるばかりで思い通りにならない事などなかったからだ。

 私以上の美人じゃないと絶対認めないわ!とシャーロットはクラウディウスの後を追う。


 クラウディウスは広い会場の中をほとんど迷いを見せずに真っ直ぐと進んで行く。シャーロットから見るとクラウディウスは妖精を目で追っているようだった。

 実際、クラウディウスは人のひしめき合う会場内で妖精の案内に従って進んでいた。


『クラウド〜こっち〜こっちだよ〜』

『わたしたちのオススメ〜』


 キャッキャウフフという声が聞こえそうなくらいにはしゃいでいる妖精を追いかけるクラウディウスは大変そうだ。

 追いかけるだけならまだしも、話しかけてくる貴族達をいなしながら人混みをかき分けて行かなければならないのだ。王太子殿下が通るとなれば自然と少し道は開くが、人々の頭上を飛ぶ妖精のスピードには敵わない。


「少し…っ、待てないのか…!」

『まてないよ〜!はやくみせた〜い!』


 今夜の舞踏会を開くに至った理由となる、ある人物を彼らは探していた。クラウディウスはその人物を知らない。妖精の導くままに進むしかない。

 

『あっ、いたいた!』

『ほら!クラウドみて〜!あのこだよ!』


 ようやく動きを止めて、一点を指す妖精たち。クラウディウスは息を整えながらその方向を見る。

 パーティの体裁を整えるためだけに設置されたような軽食コーナーで、あまりにも幸せそうな顔をしながら一口サイズのオードブルを食べる女性に、クラウディウスは目を奪われた。


 ドクン、と心臓が高鳴る。妖精に言われずともきっと会った瞬間に『この人だ』と分かったはずだと、そう感じた。容姿や家柄なんて関係なく、魂が彼女を求めている。

 クラウディウスは運命の女性に向けて、一歩を踏み出した。




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