居心地の悪い家族での昼食
家族で囲む昼食に呼ばれたのは10年ぶりくらいのことだった。
粗相をしないか恐々としながらナイフで肉を切り分けて、口に運ぶ。
家族と同じ食事をしているのだという事実が嬉しくて、そんな自分をエラは嘲笑する。まだ愛される自分を夢見ていたのだと気が付いてしまい、苦しかった。
シャーロットがエラを時折睨んでくるが、その視線を見上げるのではなく正面から受け取れることすらも嬉しいなんて、自分が嫌になる。
「お父様、私やっぱり嫌ですわ!」
「落ち着けシャーロット。王命を無視などできん」
「今まで通り病気だと言えばいいじゃない!ホルトの宝石と言われる私にこんなブサイクの妹がいるなんて恥ずかしくて仕方ないわ。絶対に、嫌です!」
私が朝食に呼ばれたのは王命が関係しているのねと、エラは察した。父親であるビルの治める領地で何か良くないことが起こったのか、もしくは政略結婚だろうか?
エラはいくつかの可能性を頭に思い浮かべたが、これといって確証はなかったため黙ってビルの言葉の続きを待つ。
「どうやら舞踏会を開いて王太子妃を探すらしい」
「なによ!!余計にエラなんて必要ないじゃない!」
「シャロン、かわいいお顔が台無しよ」
キャンキャンと喚くシャーロットにベロニカが苦言を呈す。優しく咎められたシャーロットはむくれた顔をしながらも姿勢を正した。
「シャロン、お前が選ばれて然るべきだよ。でも未婚の年頃の娘は全員出席するようお達しが出ているんだ。…噂によると妖精からのお告げがあっての事らしい」
シャーロットがパァッと顔を輝かせる。
妖精の存在自体はどの幼子だって知っている。それは親から子へ物語として、家庭教師から生徒達へこの国で生きる者の教養として伝えられてきた物だから。
この国では、妖精を見ることが出来る者とそうでない者に分かれる。姿をハッキリ見ることが出来る人もいれば、光として認識出来る人、なんとなくいることを感じられる人、全く分からない人とそれぞれだ。
妖精は、そばに居るのが当たり前の隣人である。基本的に妖精は気まぐれで、人間が生きている様子をただ見ているらしい。時に人に幸福を与えたり悪戯をしたりもする。妖精に祝福を貰った土地は豊穣が約束され、対象が人であれば望んだ人生が得られるそうだ。
だから我々は妖精の存在を愛し、彼らの祝福が自分に訪れるように祈るのだ。そして彼らの姿を見ることが出来るものはより妖精に愛されやすく、尊いことだと言われている。
「それなら妖精がハッキリ見える私が適任じゃないっ!姿形が見えて、加えて私のこの美貌があれば敵う者なんていないわ」
目に見えて機嫌が良くなったシャーロットに、両親も優しく微笑む。エラはそんな3人をただ眺めていた。
エラには妖精が全く見えない。貴族には妖精が見える者が多く、見えない者はそれだけで蔑まれていた。
ホルト家で見えない者が生まれたのは4世代ぶりだという。そんな事情も加わりエラは家族から馬鹿にされていた。
「我が家から王太子妃が出るこのチャンスを逃す訳にはいかないな。シャロン、新しいドレスや宝飾品を注文して着飾るんだぞ」
「ええ!必ず選ばれてみせるわ」
「エラ、お前はシャロンのドレスを下げ渡して貰え。どうせ選ばれないんだから注文するなんて金の無駄だ。シャロン、もういらない物を恵んでやれ」
「くすっ。エラ、見繕ってあげるからあとで私の部屋に来なさい」
三者三様のエラを蔑む笑い声が響くテーブルは、居心地が悪かった。エラは精一杯の笑顔を作りながら小さく返事をした。
*※*※*※*※
シャーロットの部屋をエラが訪れると、シャーロットは使用人に命じて幾つかのドレスを眺めているところだった。
「あら、来たのね」
「お待たせ致しました」
「もう着ないとは言えお前に下げ渡すとなるとどれも勿体無くてね」
悩んだ末にシャーロットはすでに今の社交界では流行を過ぎた形のドレスをエラに与えた。ミントグリーンのドレスはとても春らしい色で、季節が秋めいてきた今にはそぐわない色であった。
エラは自身に日々課せられる仕事の合間に、ドレスに刺繍を施したり少しでも流行の形になるように布を足したり引いたりした。
姉のお下がりとはいえ久しぶりに手に入れた新しいドレスが嬉しくて、夜の窓ガラスを鏡にして何度も何度も自分の体にドレスを当ててささやかな試着を楽しんだのであった。
エラにとってはほとんど初めての社交界である。彼女が参加したお茶会は、貴族として認められてすぐの7歳にベロニカに連れられたものが最後だからだ。
「…ふふ、楽しみだな」
ダンスの教養はほとんどないため踊るつもりはないが、舞踏会の雰囲気を楽しんだり軽食を食べたりしよう。お友達ができたりしないかな、と浮かれる気持ちが抑えきれない。
窓向かってにこりと笑顔の練習をしてみる。普段笑わないこともあってか、笑顔は硬かった。
暗闇にぼうっと写る自分の顔はやっぱりブサイクで、姉の美しい笑顔を思い浮かべてエラは先程までの浮かれた気持ちに蓋をした。