表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/18

黒い棺はもうしゃべらない



 シャーロットの葬儀の日は、晴れでも雨でもないどんよりとした曇り空だった。どっちつかずな自分の心を表しているようだとエラは思った。

 姉の葬儀に参列することになるなど考えたこともなかった。いつだって自信に満ち溢れていてエネルギッシュなシャーロットが死ぬなど想像もできない。正直、今も信じられていないと言った方が正しいかもしれない。

 しかし自身も身にまとう喪服や、地面に横たわる黒い棺がこれは現実なのだと伝えてくる。

 厚い雲に覆われて陽の差さない墓地は物理的にも心情的にも陰鬱とした雰囲気に満ちていた。エラは手に握っている百合の花に目線を落としながら思考を巡らせる。


 シャーロットは王宮の牢屋内で毒によって冷たくなっていた。取り調べの途中の出来事であり、裁かれることなく亡くなった彼女はホルト侯爵家の長女として葬儀を執り行われることとなった。

 入り口を見張っていた衛兵達は眠らされており、牢屋前にいた衛兵に関しては殺されてしまっていた。そのことからシャーロットは何者かによって殺されたのだと簡単に推測できる。王宮内で起こった出来事であるため緘口令がしかれ、内密に捜査されているところである。

 シャーロットの、王太子の婚約者への加害行為は社交界ではすっかり周知の事実となっている。そんな渦中の人物の突然の死。憶測が飛び交う葬儀ではあったが、次期王太子妃の実家であるホルト侯爵家を表立って批判する者はいなかった。

 表向きは、シャーロットは妹への加害を悔いて牢内で気を病んでしまい病死したとなっている。殺人事件であったことはこの葬儀の場ではクラウディウスやエラ、2人の従者、そしてホルト侯爵夫妻だけが知っている。


「それでは、シャーロット・ホルト様を神の御許みもとにお送りいたしましょう」


 神父の声に、場が静まって行く。皆それぞれにシャーロットに黙祷を捧げるためだった。

 エラもヴェールの下で瞼を閉じる。でも、どうしても『どうか安らかに』と素直には思えない。そんな自分の心が汚くて嫌だった。

 エラは眉間に皺を寄せながらキツく手を結ぶ。はたからみるとその姿は姉の死を悲しむ妹にしか見えない。


「ーーッ!シャロン…!どうして…っあぁあっ!」


 ホルト夫人の悲痛な声が、黙祷後の静かな場に響いた。ベロニカはシャーロットの眠る棺に縋りつき、嗚咽をこぼす。

 エラの前ではもうシャーロットには期待しないとでも言うような態度を取っていたがやはり夫人にとっての愛娘はシャーロットだったようだ。人一倍可愛がってきた娘が先に逝くことは耐え難い苦痛であることは想像に難くない。人目も憚らず彼女は泣き続ける。

 夫であるビルが世間体と神父への配慮のために妻に声を掛け彼女を棺から離すまで、ベロニカはシャーロットに縋っていた。気丈そうに振る舞ってはいるが、ビルの目元も疲労により落ち窪んでいる。夫人と同様にこちらからも悲しみの色が見て取れた。


 エラは、そんな両親をどこか遠くから見ているような気持ちになる。

(死んだのが私だったら、きっとお母様は貴族の矜持を最後まで保ったまま葬儀を終えたはずだわ。棺に縋り付くなんて真似はきっとしないでしょうね)

 心と体を切り離して俯瞰しないと、傷付いてしまいそうだった。もう彼らにの行動や言葉によって傷付きたくないと思っているのに。私を大切に思っていない人からの言動に一喜一憂するのはやめたんだから。エラは自分の中に渦巻いていた黒い感情を、なんとか咀嚼した。


「あぁ…エラ…あなたのお姉様に最後のお別れをしてちょうだい」

「…ええ」


 ベロニカからそう言われ、エラは棺が収められている穴の前に立つ。泣いて真っ赤になった母親の目には『姉の死に悲しむ妹』しか見えていない。虐められた辛かった日々を、妹だから家族だからと許したと思っているのだろうか。またも胸の奥から現れた黒い感情を、エラは必死に抑えつけて出てこないように努力する。

 エラの横には共に葬儀に参列してくれたクラウディウスも並んでいる。穴を覗くと皆から捧げられた花がシャーロットの棺を覆い尽くしていた。

 エラもならって百合の花を棺の上に落とす。そして、両手を祈りの形にし、姉のために祈る。

(どうか、お姉様の魂が、救われますように)

 もう二度と会えない姉への別れの気持ちと、今まで虐められてきたことへのささやかな仕返しの気持ちを共に込める。

(姉の魂は救われる必要がある、だなんて性格が悪すぎるかしら)

 エラは、そう自責したが彼女の周りを飛んでいた妖精達は読んだ思考に首を傾げながら『そんなことナイヨネー』と言い合っていた。


「…ここに、お姉様から貰った感情を全て置いていきます」


 クラウディウスにしか聞こえないくらいの声でエラは告げる。

 クラウディウスは、血を分けた姉と、和解することも、怒りをぶつけることも、赦すことももう二度と出来なくなってしまった婚約者の肩を抱いて支える。クラウディウスも棺の上に百合の花を重ねて、その場を後にした。



少し間が空いてしまいました。すみません!

いつもよりも短めですがキリもいいので投稿します。


ブックマークや感想を頂けると励みになります…!

よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ