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結束の強まった彼らは



 エラは、なるべく仔細に説明していく。

 シシィに命じた内容、部屋の鍵は閉めていなかったことやノックもなしに開けられた扉の方を見るとシャーロットがいたこと、シャーロットによって内鍵がかけられたこと。そして、シャーロットにかけられた言葉と、シャーロットがナイフを持っていたこと。腕を切り付けられて馬乗りになられたこと。ナイフは妖精が体当たりで落としてくれたが、首を絞められたことまでを順に話す。

 話しているうちに、実の姉から向けられた明確な殺意を思い出して胸に悲しみと恐怖が広がってゆく。話す声は震えていないだろうかとエラは心配になった。組んだ手のひらは冷たいのにじっとりと汗ばんでいた。


「ふむ…現場の状況とは合っていますね」


 アーノルドが手帳に証言を書き連ねながら言葉を落とす。しばし考えるようなそぶりを見せた後に彼はエラに視線を戻して、意図的に表情を少し柔らかく変えてみせた。アーノルドの表情を見て、エラは自身への疑いが和らいだのだと思うことができた。

 実際、アーノルドは厳しくしていた表情をあえて崩していた。エラへの疑いが晴れた事も一因だったが、被害者への負担を減らす意味合いが大きい。アーノルド達は、自分達が被疑者に与える印象をよく理解していた。


 エラの部屋に来る前、アーノルド達はシャーロットにも事情聴取を行っている。しかし結果は芳しくなかった。主にシャーロットの証言は起きた事実ではなくて彼女の感情に基づいて話されていた。そのせいでアーノルド達が必要としている情報はほとんど得られなかったし、現場にいた数少ない妖精達の証言とも一致しない。故にシャーロットの証言には正当性がないと判断され、目覚めてすぐのエラに白羽の矢が立ったのだった。

 妖精は嘘偽りのないものが好きだ。そのため、この国では妖精の証言に重きを置く性質がある。ただし、妖精は争い事が嫌いなものが多いため事件や事故を目撃し証言してくれる隣人は多くはない。結局は人間が主体の調査になることがほとんどである。今回だってナイフに体当たりしたとされる妖精は現場には残っていなかった。


「大変参考になりました。この度は体調も整わない中、調査にご協力頂きありがとうございました。それでは我々は下がらせて頂きます」

「いえ、調査お疲れ様でございます。こちらこそ、ありがとうございました」


 エラは今度は頭を下げなかった。その代わりに事件の解決に尽力する者たちへの感謝の意を込めて微笑みを向ける。その笑みは王太子の婚約者らしい、恭しくありつつも芯を感じさせるものであった。

 アーノルドたちが退室し、部屋にはエラと侍女の二人とジョナスだけになった。エラはふう、と小さく息を吐いて肩の力を抜く。緊張と疲れで強張った体に、アンナがそっと近付いてショールを掛けてくれる。


「アンナ、ありがとう」


 エラは先ほどとは違う、柔らかな表情で微笑んだ。しかしアンナはエラとは対照的に硬い表情を浮かべたままだ。ベッドから一歩下がると、腰を深く曲げた。アンナの挙動を見たシシィも慌てた様子で後に続く。

 

「エラ様…!申し訳ございませんでした」

「も、申し訳ございませんでした!!」

「アンナ、シシィ!?顔を上げて…っ」


 深々と頭を下げる二人にエラも慌てる。顔を上げないまま、アンナとシシィは続けた。


「侍女長である私の責任でございます。どのような罰も受け入れます」

「っ、アンナ様のせいではありません!私がエラ様を一人にしたせいで…!本当に、申し訳ございません…!」


 シシィは、涙を流しながら自責した。ポタポタと、絨毯にシミができていく。

 自室内で一人になろうとも部屋の前には兵がいるため本来であれば今回のような事件は起こらないはずだ。しかし何故かシャーロットが侵入して来た時、兵は一人もいなかった。兵がいなくなってしまった原因が二人にあるわけはないのだからとエラは慰めるが、アンナもシシィも顔を上げない。


「…アンナ。あなたにはこれからも私のことを見定めて欲しいの。勝手に罰を受けようとするなんて、許しません」

「……かしこまりました。寛大なご配慮に感謝いたします」

「シシィ。あなたは私に命じられて部屋を出ただけなのよ?責があるならば油断した私が悪かったのだわ」

「そんな!そんなことはありませんっ!」

「ふふ、やっとこちらを見てくれたのね」


 シシィは、エラの優しく細められた瞳を見つめた。毛細血管が切れたせいでいつもは澄んでいる瞳が充血している。シシィは拳を強く握ることで再び緩みそうになる涙腺に歯止めをかけた。被害者である主人が泣いていないのに私が泣くわけにいかない、と。


「あなたに何もなくてよかった。シシィ、私はあなたの笑顔が好きなの」

「私には…もったいないお言葉です」

「いいえ。シシィが選んでくれた寝台の横のお花も、用意してくれる香油にも、いつも癒されているのよ。あなたの気遣いに私は支えられているの」


 突然の王宮住まいで緊張しているであろうエラのために、シシィは安眠効果のある花の香りを調べたりリラックス効果のある香油を注文したり気を配っていた。自分の仕事が認められた嬉しさに胸が満たされるのを感じる。


「これから先も私に仕えることで危険な目に合ってしまうかもしれない。それでも、私はシシィに側にいて欲しい。私のわがままに…付き合ってくれるかしら?」


 シシィはエラの清廉さに心を打たれた。自分が部屋を出たためにエラが危害を加えられたのだと、主人によっては処罰を受けていたかもしれない。それでも下級貴族であるシシィは文句は言えなかっただろう。

(仕えて数日の私にも心を砕いてくれる…。こんな人がいるなんて考えたこともなかった)

 シシィの家は、曽祖父の代までは平民である。爵位を買った元平民の令嬢として上級貴族からぞんざいな扱いを受けることもあったシシィは始めはエラの侍女になることに忌避感があった。王族や上級貴族との縁を作りたい祖父の命によって王宮勤めをすることになったが、元々頑張るつもりはなかったのだ。


「もちろんです!私、誠心誠意エラ様のために仕えさせて頂きます!」

「ええ、よろしくね」


 自身に向けられた笑顔を見て、シシィは心が暖かくなるのを感じた。

 仕え始めた当初、自分よりもよっぽど不健康そうなエラを見てシシィは施しを与えるようなつもりで枕元に花を添えた。エラが褒めてくれた花や香油は純粋な好意からではなかったのだ。

(これからはもっといい仕事がしたい。…この人のためになる、仕事を)

 決意を新たにし瞳に光を宿したシシィを見て、アンナもホッとした。派閥に影響がなくエラに敵意のない侍女をもう一度探すことにならずに済んだからだった。

 王太子の婚約者にと、自分の娘を紹介する貴族はあとを立たなかった。クラウディウスは愛し子であり見目も麗しい。当主の意向でなくとも寄ってくる令嬢は少なくなかった。シシィは本人も親もその点を弁えている貴重な存在だ。貴族の既得権益に障りのない行動をするところをアンナは評価していた。

 謝罪が受け入れられたことでなんとなく、ほんわかとした空気が部屋に漂った。少し照れくさそうに微笑み合うエラとシシィの耳に、コホン、と咳払いの音が入ってくる。


「…えーと、僕のことは覚えておいででしょうか?」

「あっ!ご、ごめんなさい!ジョナス様、お忙しいのに付いて下さってありがとうございました」


 すっかり忘れられていたジョナスが自身の存在を主張した。聞かせるつもりのなかった会話を聞かれていた気恥ずかしさから、エラは口に手を当てた。その仕草は可憐で、ジョナスは『これはアイツが陶酔するのも分かるな…』と思い内心ニヤついた。

 今までクラウディウスは、愛し子として王太子として自分を律して生きてきた。そんな友人を護衛として一番近くで見続けてきたジョナスは、今日この場にいられてよかったと心から感じていた。

 クラウディウスがいない場でも変わることのないエラの態度はジョナスを安心させた。エラは、自分を容疑者の一人として見定める衛兵や侍女に対しても決して不遜な態度を見せない女性だったのだ。

 自分の乳兄弟であり尊敬する主人でもあるクラウディウス。ジョナスにとっては親よりも長い時間を過ごしてきた大切な友人だ。そんな友が惚れた女性がエラでよかったと、思えたことがジョナスは嬉しかった。自分が認めた人間でないと…なんて姑じみた思いをエラが払拭してくれる。

 放置されていたにも関わらずニコニコと嬉しそうな表情を浮かべながら退室していったジョナスを、エラは疑問符を浮かべながらも、見送ったのだった。





あけましておめでとうございます。

たくさん文字を書ける精神力を得られる一年でありますように…!


加筆修正をしまくっておりますが、エピソードに影響はしませんので何卒ご容赦くださいませ…!

エピソードタイトルを考えるセンスが欲しいです。


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