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愛しい人の危機


 執務に一区切りが付き、クラウディウスは椅子の背もたれに身を預けた。大きな背を支えた椅子がキシリと音を立てる。


「お疲れ様です」

「ああ、ありがとう」


 護衛のジョナス・ベリーが侍女に休息用の紅茶を指示する。クラウディウスは息抜きにちょうどいい軽めの味の紅茶で口を潤しながら、ジョナスに目を遣る。ジョナスはそれだけで主人の言いたい事が分かったかのように報告を始めた。


「エラ様のご両親ですが、やはりホルト侯爵夫妻で間違いないようです。長年勤めている使用人がエラ様の生まれた瞬間を目にしていました」

「…そうか」

「ただ、侯爵夫人はお産の際に危険な状態に陥ったようで侍医からこれ以上お子を望むのは難しいと診断を受けたようです」


 なるほど、とクラウディウスは小さくため息をついた。

(庶子であるからあんな扱いになったのかと思って調べさせたが…)

 ホルト家にはシャーロットとエラの二人しか実子がいない。男児に恵まれなかったことをホルト侯爵夫妻が気に病んでいても何ら不思議はない。その怒りの矛先が、エラに向いたとしたら…。


 もしエラが妖精のイタズラを受けずに育っていたら。

 かつてその美貌により伯爵家から侯爵家に嫁いだベロニカ似の娘であれば政治的に利用もできると、シャーロット同様大事に養育しただろう。しかし両親に似ても似つかないブサイクな子どもだったエラは虐げられてしまった。どんな理由であれ保護監督責任者である親が子どもを虐めるなどあってはいけないことだ。

 幼い子どもたちは妖精に近しい感覚を持つことが多い。スピライト国では子ども達が不当な目に合わないように法を定めている。孤児院も設置されているし、必要以上の躾も禁止している。当然、鞭打ちなどとうの昔に禁止した躾方法だった。


「王太子妃を輩出したという恩恵を当代のホルト侯爵家が受けられないようにする。…しかしそれ以上の処罰は今は難しいだろうな」

「ありもしない罪を作り出すのはやめて下さいね」

「ああ、その手があったな」

「勘弁して下さい」


 ジョナスはクラウディウスの乳兄弟だ。護衛であり侍従ではないのだが、クラウディウスがなんでも押し付けるため諜報や書類の処理などの文官仕事もできるスーパー騎士になってしまった。妖精以外でクラウディウスが砕けた物言いをできる、貴重なひとりである。


「あとエラ様ですが、一週間前に比べて健康になったとのことです。飲み込みも早いそうで家庭教師が褒めておりました」

「ふむ。アデリー夫人が褒めるということは我が愛しの姫君は優秀なようだな」

「…殿下はエラ様のどこに惹かれておいでで?」


 クラウディウスがジョナスを見る。ジョナスの瞳にはエラを否定する色は全く浮かんでおらずただ友人としての興味本位で聞いたのだと分かった。クラウディウスはニッと笑う。


「全部だ」

「左様ですか」

「信じていないな?」

「あばたもえくぼと言いますからね」

「不敬罪でしょっぴくぞ」

「明日から仕事が回らなくなりますよ」


 実際ジョナスがいないと自身の仕事は何倍にもなるだろうと思ったクラウディウスは降参だ、と両手を上げた。

 しかし、全部だと言ったのはあながち嘘ではない。陽に当たると透けて見える様な亜麻色の髪、かわいらしい声、スラリとした長身、影を落とす長いまつ毛の下のペリドットの瞳も、見る度に惚れ直してしまうくらい魅力的だ。

(でも、何よりも好きなのはエラの作り出す空気感だ)

 彼女の人柄が滲み出る柔らかな空気は心地いい。生い立ちを考えると捻くれてもおかしくないのにエラは真っ直ぐだ。妖精が彼女を気に入ってることからもその性質が分かる。

 妖精は嘘偽りのないものが好きだ。それに優しさや寛容さ、陽気で明るいものが好きである。エラ本人は思ってもいないだろうが、あんな環境で育ったのに誠実さも優しさも失わなかったのは誇れることだ。


「殿下」

「…2人の時はクラウドでいいと言っているだろう」

「いえ、2人ではなくなりそうなので」

「?」


 ジョナスに言われて後ろを振り向くと、妖精たちが窓からこちらを伺って入りたそうにしていた。動こうとしたジョナスを制してクラウディウスが自ら窓を開くと妖精たちがドドっとなだれ込んで来る。


『クラウド!たぶんエラがあぶないよ!』

「どういう事だ!?」

「殿下!エラ様のところに向かいましょう!」


 妖精の警告を受けて2人は部屋を飛び出した。クラウディウスの執務室からエラに与えた部屋までは歩くと5分程度だ。全力で走っても2分はかかってしまうだろう。そのたった2分があまりにも長い時間のように感じる。

 心臓が嫌な音で警鐘を鳴らす。不安から頭と手足がバラバラに動いているように錯覚を起こす。


「くそっ!エラ…!」


 クラウディウスは不安の中、全力で足を前へ前へと動かした。

 やっと見つけた守りたい存在を失いたくない。まだこれからなんだ。君への想いも全然伝え足りない。この先の未来でやりたいこともたくさんある。君が今まで得られなかった感情も、美味しい食事も、経験も、まだまだ知って欲しいことばかりなんだ。いなく、ならないでくれ。

 人生で最も長い2分を駆け抜けて、ようやくエラの部屋の前に着く。なぜか護衛のいない扉前を見て苛立ちながらドアノブに手をかける。鍵が掛かっているのか動かないドアを乱暴に蹴り飛ばし、開けた。


「エラ!!!」


 部屋の奥でエラに馬乗りになっている人物を見つけてクラウディウスは咄嗟に剣を抜いた。後ろから「殿下!殺してはなりません!!」とジョナスの声がして咄嗟に剣の軌道を少しずらしたが、素早い正確な太刀筋は侵入者の肩から背を大きく切りつけた。ギャアアッという叫び声と共に侵入者がエラの脇に転がった。途端に、ヒュッと言う息を吸う音と激しく咳き込む音がしてクラウディウスは安堵する。


「エラ!エラ、もう大丈夫だ!」


 安心させるために名前を呼びながら、咳き込むエラの背を叩く。苦しげに眉を寄せて必死に酸素を取り込み、生きようとするエラ。安堵感や心配、怒り等いろいろな感情がないまぜになりながらもクラウディウスはただエラの回復に努めた。

 ジョナスは侵入者を捕縛と延命処置のために押さえにかかり、遅れて入って来た衛兵に指示を出す。


 ようやく整ってきた呼吸と、ガンガン痛む頭。背中を優しく叩く大きな手。エラは潤む視界にクラウディウスを捉えて安心したのか、意識を手放した。


一週間あいてしまいました。


たまに、目的地に向かって走っているのに足が重くて上手く走れないとか走り方を忘れてしまって全然辿り着けないってなる夢を見ます。大抵遅刻する夢です。


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