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エラの決意


 ピシャッ


 机が指示棒に叩かれた音に、エラは遠くに旅立ちかけていた意識を連れ戻した。そろ…と視線を上げると家庭教師のアデライト夫人がニッコリと微笑んでいた。優しい天使のような微笑みではなく、内に怒りを含んだ恐ろしい笑みだ。


「申し訳ございません、エラ様。もっと夢中になって頂ける授業ができるように努力いたしますわ」

「いえ。アデリー夫人の貴重なお時間を頂いているのに、私こそ申し訳ありません」


 アデライト夫人の皮肉に気が付きながらも謝罪の言葉を述べる。その返答は生徒として合格点を貰えたようでエラはホッと胸を撫で下ろした。


「授業を始めてもう6日ですものね。そろそろ疲れが出る頃かもしれませんね」

「疲れないと言えば嘘になるけれど、心地いい疲れだと思っています。それに、私がこうして勉強に集中できるのも働いてくれている方々がいるから…そう思うともっと頑張りたいと思えるのです」


 王宮で勤める者たちの働きぶりや授業で学んだ平民達の生活を思い浮かべながら、グッとこぶしを握る。やる気に満ちたエラの姿を見てアデライト夫人は頬をゆるませた。


「我々の未来の王妃様は頑張り屋さんですこと」

「ひぁ…、は…はい…がんばります…」


 照れたりすると変な声が漏れがちなエラに、アデライト夫人は親しげな笑みを浮かべながらも注意のために机を軽く指示棒で叩く。すみません…と小さくなるエラに見せつけるようにしながら背筋を伸ばす仕草をするとエラも姿勢を正して座り直した。フフと笑いながら、真面目で教えがいのある生徒に向けて授業を再開する。

 ホルト家ではほとんど受けさせてもらえなかった授業を受けられるのだから、とエラも気を引き締め直し黒板に向き直った。


 結局、エラは舞踏会の日からずっと王宮に留まっている。

 ホルト家でのエラの扱いを案じたクラウディウスの采配により『早急に王妃教育を受けさせるため』という名目でエラは王宮に一室を賜った。今はホルト家からの連絡も他の家門からのお茶会の誘いも断っている。王族のマナーが備わってから社交界に出すためという建前だが、急に環境の変わってしまうエラを落ち着かせるのが目的である。


「ええと、どこからだったかしら…」

「サラマント山脈付近の地形と特産品からです」

「あら、妖精の軌跡を見ていると思っていましたが…。聞いていらしたのね」

「もう…。揶揄うのはおよしになって下さい…」


 ぼうっとしていたという慣用句を使われ、エラは少しむくれた。妖精の通った後に見られる魔力のきらめきに見とれて意識が疎かになることを、軌跡を見ていたとこの国では言う。

 ここ数日の邪念により先ほどは考え事をしてしまったが、基本的にエラは優秀な生徒だ。意欲もあり地頭も良い。何よりも分からないことを分からないと言える聡さを持っていた。

 王妃教育の時間は限られている。エラの理解度を測れると教える側の効率が上がるため授業の無駄がなくて良い。それに、とアデライト夫人は思う。

(見栄を張らないと生きていけないような貴族ばかりの中で、分からないと言える彼女の素直さは貴重だわ)

 素直さは武器であると同時に上に立つ者としては危うさにも繋がるため、感情制御や言葉選びの授業は特に力を入れる必要がある。しかし、彼女の良さを殺すような授業にはしたくないとアデライト夫人は思っていた。


「…さて、お時間ですね。本日はここまでです」

「ありがとうございました」

「明日は休息日です。明後日はダンスから行いますのでそのおつもりでお願い致します」


 アデライト夫人仕込みの礼を伴ってエラが別れを告げた。部屋の隅に待機していたエラ付き侍女のシシィが使っていた資料やメモ書き等をエラから受け取り扉を開く。部屋に戻るとエラは6日間の疲れを吐き出すように、ほっと息をついた。


「エラ様。何かご用意しましょうか?」

「ありがとう。昨日淹れてくれたハーブティーを頂けるかしら。美味しかったからまた飲みたいの」

「はい!すぐにご用意します」


 パッと笑顔になったシシィが軽い足取りでお茶を取りに行く。シシィはアンナが付けてくれた若い侍女の1人だ。子爵家のご令嬢だが感情表現が豊かで、エラは彼女を好ましく思っている。自分自身が笑顔を作るのが得意ではないためシシィのよく変わる表情を見て自分もいつかこんな風になれるだろうかと考えていた。


 一人になった部屋で、エラは今度は本当に妖精の軌跡を眺めた。窓の外の縦横無尽な魔力の煌めきを見てその自由さをいいなぁと思う。人の視線や感情ばかりが気になる自分とは違うな…と自虐気味に笑った。


 クラウディウスに惹かれている。しかしそれと同じくらいに、いやそれ以上に、彼の隣に立つのがこんな人間じゃ嫌だと思う気持ちが消せない。


 いつも笑顔で、強くて、国民から愛されて、後ろ盾もあって、賢くてそしてクラウディウスの隣で彼を掛け値なしに愛し支えられる…そんな人が彼には相応しいだろう。そう思うと胸の奥がツキンと痛む。それは、自分ではない。


(私は…殿下の隣に立つと自分が恥ずかしく思える。何も持っていないこんな私をどうして選んでくれたのかって…思ってしまう)

 周りの人が気付いたエラの良さに本人は何ひとつ気が付いていなかった。自分にないものばかりに目がいってしまう。しかし、それはずっと家族から蔑まれなじられて育てられてきたからだろう。ブサイクでグズで愛するところが何もない子。そう刷り込まれて生きてきたのだ。急に自分の良さに気が付くことなどできないだろう。


「…私は…彼に相応しくない…」


 ぽつり、呟く。その言葉はあまりにも悲しいのにエラの心の中にストンと落ちてきてしまう。同時にそれでも、と思う自分がいることにエラは気が付いた。

(それでも、彼の隣にいるにはどうしたらいいのだろうか)

 クラウディウスの優しい瞳の色に自分が写っている時間が、好きだ。彼の作り出す空気感が、好きだ。絶望の中にいた私を見つけ出してくれて掬い上げてくれた彼に報いたい。

(…いつまでも自分の悪いところばっかり見ていちゃ、ダメよね)

 消えかかる妖精の軌跡を見ながらエラの心の中に目標という明かりがともる。

 クラウディウスからの気持ちにも、彼の立場にも、自分の心持ちにも、向き合わなければ。そう、決意できた。

 ギュッとエラは手のひらを握る。その時扉がノックもなしに開かれた。シシィかしらとエラが笑顔を作りながらそちらに目を向けた。


「っ、おねえ、さま…?」


 侍女服に身を包んだシャーロットが扉を後ろ手に閉めながら内鍵を掛ける。シャーロットの顔を見たエラの心臓が嫌な音で鳴った。久しぶりに見た姉の顔は今までにないくらい悪意に満ちた、楽しそうな笑みだった。


久しぶりになってしまいました…!

6月からは余裕が出来そうなので話をもりもり進めて行きたいです。

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