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スカイブルーのドレス


 よく晴れた日の空の色をしたドレスに、同じ色のリボンで結い上げた髪でエラは昼食へと向かう。

 メイドたちがああでもないこうでもないと様々な色のドレスを当てがってくれたが、結局はクラウディウスの目の色と同じスカイブルーのドレスに落ち着いた。相手の瞳と同じ色のドレスを纏う意味を思い出した時にはすでに遅く、王宮メイドの素晴らしい腕前で手早くドレスを着せられて髪を複雑に結われてしまっていた。

(ああどうしよう。婚約2日目で瞳の色のドレスを着ていく女なんて重すぎない?恥ずかしすぎるよう…っ)

 もう取り返しはつかないと言うのに、扉の前で中に入るのを躊躇しているとアンナが容赦なく扉を開く。


「エラ?待っていた、よ…」


 ドレスの色を見てクラウディウスが固まる。一拍置いて、にやけた口元を手で隠した。しかし赤く染まっていく頬を隠し忘れている。

(うう…っやっぱり『あなたに包まれたい』だなんて早すぎる…!破廉恥すぎるよね…?)

 クラウディウスの反応にエラは羞恥に耐えきれなくなって俯いた。恥ずかしさで小さくなっているエラにクラウディウスは嬉しそうな顔をしながら近付いていき、髪と共に編み込まれた自分の瞳色のリボンに気が付いて一層笑みを深めた。


「このドレスの色は君が?…ずいぶんと積極的で嬉しいよ」

「!!ちがっ、違います…!」

「分かってる。…そんなに全力で否定しないでくれ」


 揶揄われた!とエラが真っ赤な顔でクラウディウスをキッと睨む。小動物が虚勢を張るような些細な睨みは、クラウディウスの心に刺さった。愛おしさがダダ漏れの視線がエラのペリドット色の瞳を捉える。視線に孕んだ熱にエラも気が付いたようで、動きが止まる。

 このまま口付けてしまいそうな甘い空気がその場から漂い部屋を満たしたが、コホンとアンナが咳払いをした事で発生源の2人はハッと正気を取り戻した。


「失礼。かけてくれ」

「は、はい…。失礼します…」


 すぐさま表情を切り替えたクラウディウスはさすが王太子といったところだ。今日のは公的な食事会ではない。親しい者しかいない部屋だったからか、多少なりとも気が緩んでいたのだろう。食事が始まれば給仕の者も入るためおそらく先程のような空気になることはない。恋愛ごとに免疫のないエラはその事実に少し安心してしまう。

 昼食自体はなんの滞りもなく終わった。初めて食べたデザートの甘さと魅力にエラが虜になったのを眺めていたクラウディウスも、紅茶を飲みながらついに本題に手を出した。


「君の…姉君のことだが」

「…はい」

 

 クラウディウスが申し訳なさを含んだような、しかし同時に強い怒りも含んだ瞳を紅茶のカップに向けた。凪いだ水面を見つめてから、エラに視線を移す。その瞳には先ほどの激しい色はもう見えず、王太子としての表情に感情を隠していた。


「君が私のプロポーズを受けてくれた後に襲撃を行ったことから『王太子の婚約者への危害』とすることとなった」

「っ!それ、は…っ」

「…ああ。今は判決前のため見張りを付けて部屋に閉じ込めている」


 王族への加害行為に対する刑は縛首しばりくびだ。王族の婚約者に対する刑は少し軽くはなるが国外追放か地下牢への生涯幽閉である。


 大抵の場合は加害者を国外追放にする。今まで贅沢三昧で生きてきた侯爵令嬢がその立場を追われ、知らぬ地でまともな生活を送れるわけがない。今まで駒のひとつとしてしか認識していなかった領民達と同じ生活を送らないといけないのだ。追放とは実質、貴族にとって死刑宣告のようなものだった。


「私が許すと言っても…ダメなんですよね?」

「…難しいな。あれだけ大勢の前で襲い掛かろうとした上に、過去のこともある」


(過去のこと?…ああ)

 昨日の舞踏会の日に会場にいた全員が見た、ホルト家の普段の様子のことか、と少しだけ考えてから気が付く。

 昨日は色々なことがあって深く考えていなかったが、大勢の人に『家族から疎まれていじめられている存在だと知られた』と思い至る。家族にすら愛されない欠陥人間なのだと、他人に、クラウディウスに思われることがエラは怖かった。

 今は『珍しいものを手に入れた』と自分のことを気に入ってくれていても、それは永遠ではないかも知れない。やっぱりエラには愛する価値がなかった、と捨てられるかも知れない。そんな日が来るのなら初めから期待しない方がいい。


「…っ、っ…は…、はっ」

「エラ!?そこの者!宮廷医を呼べ!」


 過呼吸になってしまったエラの背を大きく暖かい手が撫でる。手のぬくもりと、クラウディウスの声がエラを少しずつ落ち着けていく。


「大丈夫、大丈夫だ。ゆっくり息を吐いて、吸ってごらん。少しずつでいい。吐いて、吸うんだ。落ち着いて…」


 視界を遮断するようにクラウディウスがエラの頭を抱き寄せる。その間も背を撫でる手は優しい。おかげでエラは正常な呼吸を思い出した。

(今までどんなに理不尽なことを言われてもされても、体はなんともなかったのに…。どうして…)

 エラの心は無意識に、この人たちの前なら助けを求められる、と判断していた。そしてそう思えた人たちの前で、物心が付いてから今日までずっとずっと張り詰め続けていた糸が切れたのだ。

 助けて、苦しいと。その信号を体は言葉ではなく過呼吸として表した。


「…偉かったな。もう、大丈夫だろう」

「すみません…。ご迷惑をおかけしてしまい…」

「エラ。こういう時は謝罪ではなく礼を言う方が適切だ」

「…ありがとうございます」

「ああ。君が無事でよかった。辛いことを思い出させてしまい悪かった」


 クラウディウスのせいではないのに、彼はまっすぐとエラを見ながら言う。

(見目もかっこよくて、身分も誰よりも高いのに、こんなにも実直で優しいこの人が…私の婚約者?)

 それに比べて自分はなんと小さいのだろうと、エラは苦しくなる。この人に自分が釣り合うわけがないと、他の誰でもないエラがそう感じてしまった。

 この部屋に入ってきた時にはあんなにも輝いて見えていた空色のドレスが、今のエラには、ずしりと重たく感じられた。



体調を崩してしまい、少し間が空いてしまいました…!皆様も連休明けはお気をつけ下さい〜!

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