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舞踏会の夜が更けて


 手を合わせた音に促され妖精を見るとバルコニーの手すりの上空で呆れた顔をしながら浮かんでいた。表情はさておき、月を背にして飛ぶ妖精の姿はあまりにも綺麗でまるで一枚の絵画みたいだ。

 美しい光景に見惚れるエラだったが今から始まるのは自分の話だった、と思い出して妖精の口元を注視する。


『エラは元々ボクたちが見えていたんだよ。さすがに幼すぎて覚えてないかな?』

「…すみません。記憶にないです」

『ま、そうだよね。なんかさあ、ボクがキミに見目を悪くする魔法をかけたと同時に見えなくなったみたいなんだよね』


 妖精の話を整理すると、こうだ。

 エラにかけた魔法は骨格や肉付きを変えるようなものではなくて、見る人の視野の認識を阻害する作用を持つものだったらしい。自然の光を不自然に屈折させたり、空気中を漂う魔力を歪ませることでブサイクに見せていたのだそうだ。その作用がエラの視界にも作用し妖精の存在が見えなくなったのだろうというのが上位の妖精の見解だった。

 また、妖精の話によるとエラ自身が顔に触れた時に本来の感触を感じられず、低い鼻の感触や丸い頬を感じていたのは特別強く魔法の作用を受けていたか、強い思い込みのせいじゃないかとのことだった。あまりにも雑な返答にエラは目を見張った。


「まったく…。自分で制御できない魔法をかけるんじゃない」

『ボクたちがニンゲンにどんな魔法をかけたって関係ないだろ。それに、クラウドはボクに感謝した方がいいんじゃないの?』

「何をだ?」

『言わなきゃ分かんないー?エラが売れ残っていたのはボクのおかげでしょ?』


 売れ残り、という言葉に棘を感じるが概ね妖精の言うことは間違ってはいなかった。姉のシャーロットにはいい条件の縁談が山ほど来ていたのだ。もしもエラが妖精のイタズラを受けずに育っていれば、おそらく質も数もシャーロット以上の縁談が申し込まれただろう。

 エラは今年16になる。一般的な貴族令嬢であれば婚約していてもおかしくはない。姉のシャーロットがよりよい結婚をと縁談を選り好んでいなければ、エラもホルト家にとって都合のいい家に嫁がされていたことは想像に難くない。

 それにホルト家は侯爵家だ。侯爵家との繋がりを得たい下位貴族は山ほどいるし、大事にしていない娘であれば平民の商人あたりに嫁がせたって惜しくはないだろう。エラは家族に虐げられ病弱だと隠されていたが、ホルト家にとって条件のいい縁談や多額の支援金が得られるようなことがあれば家族はエラを差し出したに違いない。


「……エラ。君と私の出会いに、感謝する」

『あれっ!ボクには?』


 クラウディウスはあえて妖精を無視してエラと出会えた運命に感謝を告げる。妖精も礼を言われないことは想定内だったようで特に気にした様子はなく揶揄うような口調だ。すっかり仲良しである。

 手を取られ甲に口付けられながら礼を述べられたエラに、2人の会話は耳に入らない。今まで同年代の異性と話すことも殆どなかったのに、突然できた婚約者に口付けられたのだ。しかも相手は顔立ちの整った王太子様である。それが例え挨拶程度の手の甲へのものであっても免疫のない彼女が顔を真っ赤にするのは必然であった。


「その表情も…かわいいな」

「めめめっ、滅相もございません!」


 見ないでとばかりに勢いよく下を向いて赤面を隠したエラに、クラウディウスはくつくつと笑う。人の目がないことで彼女が素のリアクションを見せてくれているような気がして、心が踊る。

 クラウディウスは一度婚約話が流れており、その後10年以上も婚約者の座は空席だった。その席に、純粋に自分が好いた相手を座らせることのできる王子がこの世に何人いるだろうか。

 一目見た瞬間に自分が求めていたのはこの人だと確信できる相手に出会えたのも奇跡だ。分かっているからこそ、クラウディウスはエラが余計に愛おしく感じる。

 まだまだ知らないことの方が多いがきっと欠点ですらも好ましく感じるのだろうと、そう思う。浮かれているのだと本人も分かっていた。しかし今日くらいは許されたい。


「エラ、これからよろしく頼む」


 クラウディウスの空色の目が柔らかく細められた。手は優しく握られたままだ。エラもドギマギとしながら、ぎこちなく笑みを返す。


「私はーーいや、俺は」

『ねえー!ワタシたちもヨロシクー!!』

『クラウドしゃべってなかったあ?』

『エラ!オレともしゃべろーよ!』

『しゃべってたー?ゴメンー?』


 何か話そうと口を開いたクラウディウスの言葉を遮って小さなお隣さんたちが話し出す。エラと…クラウディウスの婚約者と話したくてうずうずしていたようだ。

 エラは今まで何度も見てみたいと思っていた存在から再び話しかけられて目を輝かせる。その嬉しそうな表情を見てクラウディウスは口を閉じて微笑んだ。話していいよと、ゆるく首を振って表明したクラウディウスを見て妖精たちはエラにどっと押し寄せた。


『クラウドのツガイがはなせるコでうれしい!』

『クラウドはねー!とってもやさしいノヨ』


 堰を切ったように口々に主張する妖精たち。その勢いにたじたじになりながらも、一生懸命に伝えようとしてくれる様がかわいいなとエラは思う。

(人間と同じように皆それぞれに個性があるなあ)

 話し方も、性格も、見た目だって違う。エラは『お隣さん』とは言い得て妙だなと納得した。


 勝ち気な話し方の子もいれば、隅の方でおどおどしつつも話したそうにしている子もいるし、常に激しく動いて落ち着きのない子だっている。見た目も、花を飾った色とりどりのドレスを着ている子、水を纏っている子、山羊のようなツノが生えている子、羽も透けていたり蝶のようだったりと個性豊かだ。

 私たち人間や他の動物と同じように、この世界に生きている妖精。

(彼らはただ生きているだけなんだ。祝福もイタズラも、彼らが魔力を有する存在だから起こる、偶然なんだ。だとすると妖精信仰や神格化は彼らの望むところではないのだろうな、なんて)


『エラみたいにボクたちのことをただ生きてるだけって思ってくれるヒトって案外少ないんだよ?ねー?』

『ソーナノ!スクナイ!』

『ワタシたち、エラもっとすきになった!』

「…ふふ、ありがとう。嬉しいな」


 口にしていないのに妖精たちはエラの思考に返事をし始める。彼らを知らなかった時は考えを読まれて頭に血が昇ったこともあったが、もう考えを読まれるのも嫌ではなかった。姿が見えたことで妖精たちに対する親近感が一気に湧く。

 それにこんなにおしゃべりなこの子達が近くにいてくれたら殺風景な1人の部屋でも寂しくはないだろう。

(もっと早く、この子達の存在が見えていれば…。)

 たらればを考えたって仕方ないなと、エラは軽く首を振った。


「殿下、そろそろ…」


 窓の向こうで控えていたのであろう騎士から声がかかる。婚約者と言えどあまり長い時間、人目に付かない場所で2人でいるのは外聞が良くない。クラウディウスは伝えたかったことの1割も伝えられなかったなと思ったが、仕方ない。伝える機会はこれからいくらでもあるのだ。


「エラ、今日は王宮に泊まるといい。…姉君のこともあって帰り辛いだろう」

「お気遣い下さりありがとうございます。でも…父と母が許さないと思いますので…」

「私が許す。早馬でホルト家には知らせるから泊まるように。明日昼食を共に食べよう」

「…かしこまりました。それではお言葉に甘えます」

「ああ。ゆっくり休むといい」


 エラの指先にキスをひとつ落としてからクラウディウスは会場に戻っていった。触れられた爪先が熱い。それと同時に荒れた手に口付けられたことがひどく恥ずかしく思えた。

(こんな…こんな手の令嬢が殿下の婚約者だなんて)

 見た目は変わったとは言え心は卑屈なままだ。荒れた手を隠しながら、エラは護衛のために残っていてくれた騎士に話しかける。


「あの…恐縮ですが疲れてしまって…。なるべく人目に付かないように下がらせて貰うことは可能でしょうか?」

「はっ!少々お待ちください!」


 騎士たちがエラのために帰り道を整えてくれている。

 エラはふと、ガラスに自分の顔が映っているのに気が付いた。その顔はあまりにも元の顔とかけ離れていて、まるで自分じゃないみたいだと思う。頬に触れる感覚はあるのに頭はこれを自分の顔だと理解してくれない。なんとも不思議な感覚だった。

 美しい顔は、どことなく母親に似ている気もする。母は、父は、この顔になった私を受け入れてくれるだろうか、と考える。そんなことを考えていると騎士に声を掛けられた。準備が整ったらしい。

 そして騎士の誘導により舞踏会の会場からこっそりと抜け出ることに成功したエラは、与えられた部屋で寝巻きに着替えさせて貰うや否や眠気に襲われ、王宮御用達の滑らかなシーツに包まれて眠りに落ちたのだった。




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