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ホルトの宝石と病弱な妹


 エラは今日も薄汚れていた。ドレスと呼ぶにはあまりにも粗末で汚い布を着て、頭は触るとジャリジャリとしている。


「…今日はお湯をもらえるかなぁ」


 昨日、姉のシャーロットによって廊下を掃除した後のバケツの水を頭からかけられたせいだった。

 エラとシャーロットは血の繋がった実の姉妹だ。なのに、2人の扱いには雲泥の差がある。


 シャーロットは社交界で『ホルトの宝石』と言われる程の美貌を持っている。流れる金髪が美しく、強さを感じる大きな瞳は異性を魅了する。勝ち気に見えるシャーロットが、照れるように控えめに笑えばどの男性も虜になってしまう。

 笑顔が妻の若い頃に似ていると、父親からも可愛がられていた。


 一方エラは、生まれた時こそシャーロットや母親のベロニカにも似ていたが、成長するにつれ段々家族の誰とも似ない風貌になっていった。

 瞳は小さく三白眼で、丸くずんぐりした鼻はホルトの家系では誰とも似付かない。しかも鼻の周辺にはそばかすが目立ち、顔色を悪く見せている。シャーロットは小顔で顎のラインもスッキリしているのに、エラの頬はまるまるとしていた。

 父親似の亜麻色の髪色くらいしか、両親の遺伝子を継いでいないような、そんなみてくれだった。


 姉と似ているのは体躯くらいであったが、スラリと伸びる手足にエラの顔が乗っているのは不釣り合いに見えて、余計に両親は不気味がっていた。


 自分たちに似ていないエラを2人が疎ましく思うようになるのに時間は掛からなかった。

 エラの物心が付く頃には明確に姉妹の扱いは違い、体調が優れないからという口実でパーティにはほとんど参加させてもらえなかった。

 両親に冷遇される妹を、姉が程のいいオモチャとして扱うのは当然の流れだった。


「エラ!今日履く靴が出ていないじゃない!」

「申し訳ありません、お姉様っ」


 エラは慌てて衣装部屋から数種類の靴を持って来てシャーロットの足元に並べた。宝飾が光る豪華なヒールを選んだシャーロットは、流れるような動きでエラの手を踏んだ。踏み慣れたモノを、踏むかのように。


「い…っ!」

「間違っても姉だなんて呼ばないでちょうだい。どこからお前の話が外に漏れるか分からないのよ。あぁ、ブサイクなのに頭も悪いだなんて本当に救いようがないのねえ」

「…申し訳ございません、シャーロット様」


 謝罪の言葉を口にすると、シャーロットはエラの手をグリグリと潰すように踏んでから解放してやった。

(痛い…っ。わざわざ絨毯のないところで踏むなんて…)

 皮膚や骨のひりつく感覚にエラは涙目になったが、決して文句は口にしなかった。文句など口にした日には使用人と同じ食事にすらありつけなくなるだろうから。

 それほどに、ホルト家でのエラの扱いは酷かった。


「お前は病弱で外に出られないという事になっているのよ。こうして使用人の真似事をして屋敷の中を歩けるだけでも感謝しなさいよね」

「…はい。ありがとうございます」

「もういいわ。さ、行きましょうお母様」


 ソファに座っていたベロニカはシャーロットに呼ばれて立ち上がった。エラがどれだけ踏みにじられようとベロニカの心が動くことはない。ベロニカも同じようにエラをいじめていたし、夫一族と似ていないエラは不貞を疑われる要因にもなる目障りな存在だからだ。

 ベロニカは頭を垂れるエラに告げる。


「私の執務机に置いてある書類を片付けておきなさい。今日中よ」

「かしこまりました」


 もちろん、この場合の片付けとは整理整頓のことではない。ベロニカの侯爵夫人としての仕事の代行をしておけという指示だった。

 ベロニカはエラを汚物を見るような目で一瞥してから、シャーロットと連れ立って部屋を出て行った。


 本日、両親達はホルト家と同じ家格のフレーザー侯爵家で開かれる夜会に呼ばれていた。

 次女であるはずのエラはいつものように熱で欠席するという旨の返事をしている。当のエラ本人は家で家事仕事を言いつけられ、右に左に動き回っているのだけれども。


「エラお嬢様、手をお見せください」

「大丈夫よ。大した事ないわ。それよりもお姉様に言い付けられた明日の準備や針仕事…、執務も終えなければね」

「せめて、シャーロット様の準備などは私どもにお任せください」

「ありがとう。お願いするね」


 侍女頭であるポーラはエラの赤くなった手を見て心を痛めた。

 針仕事を言いつけているのに手を踏むだなんてあんまりだ、とポーラは思った。

 心根の優しいエラの事を気遣う者は屋敷に多数いる。ホルト家ではエラの事を外に漏らさないように昔から使用人を変えていない。ポーラもベロニカが嫁いで来た頃からいる侍女の1人だ。


 エラの見目は確かにシャーロットと比べると良くはないが、しっかりと化粧をすれば社交界で爪弾きにされる程ではないはずなのだ。

 俯きがちなところと髪に艶がないところを改善すれば今日の夜会にだって行けるだろう。美形揃いの上級貴族の令嬢には見えないが、下級貴族くらいならばままある風貌だろう。

 なのに、なぜ旦那様達はこんなにもエラを虐げるのだろうか。使用人達は、各々で心を痛めていた。


「ポーラ。今日はお父様達もいらっしゃらないし、私もみんなと一緒に晩ごはんを食べてもいいかしら?」

「もちろんです。今日は残った鶏肉もあるので少し豪勢ですよ。たくさん食べましょうね」

「ありがとう。楽しみにしているわ」

「すぐにご準備致します」


 エラがなんとか笑顔を忘れずにいられるのはポーラを始めとする使用人達の存在のおかげだった。皆、エラに止められていることもあり表立って庇い立てすることはないが、内心ではエラへの仕打ちに辟易としているのだ。

 赤ん坊の頃から側で仕えているお嬢様の、愛されたくて苦しむ姿を見ているのは辛かった。せめて父親達が社交に繰り出している間くらいはエラを尊重してあげたかった。


 優しい使用人達に恵まれたことは、エラの幸運だろう。彼らがいなければエラの食事は硬い小さな黒パンとスープくらいしか与えられなかったかもしれない。エラの体が細くとも年相応に成長したのは、皮肉にも父親のビルやベロニカがパーティ好きだったからか。


 エラはその日、使用人達と楽しい食事をし、言いつけられていた書類仕事と、ドレスへの刺繍を終わらせてから侯爵家の隅にある調度品などひとつもない一室で眠りについた。




初めまして、椎 なずな です。

月に2〜3回は投稿できるよう、連載作品がんばります!

よろしくお願いします!

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