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エピローグ 1


 おれは目覚めた。


 ここはどこだ? 病院か。


 なんだかよくわからない点滴の袋がつり下がっている。


 何があったのかよく思い出せない。なんか覚醒した主人公みたいな気分だな。


 おれは額を押さえた。


「……うっ」

「だいじょーぶ!?」

「お、おう……、ハルか? お前ここにいてくれたんだな。わりぃ暗すぎて全然気づかなかった」


 ハルがすぐそこのパイプ椅子に座っていた。右目のまぶたが若干腫れているらしく、視界が狭くなっていたらしい。


「お、お茶入れよっか!? あ、ああああああ明日斗が目覚めた! あ、あわわわわ!」

「落ち着け! お前おれ病人だぞ! いや正確に言うと病人ではなくけが人だが……ともかく落ち着け。深呼吸だ」

「し、深呼吸だねっ! わかった! すーはーすーはー! あ、明日斗! その、痛いところとかない!? へーき!?」


「全然へーきじゃないな。むしろこれでへーきだったらおれはもはやアンドロイドだ」

「ほ、ホントにへーきなの……? ま、マジで心配なんだけど……。あんた七時間くらい手術してたんだかんね……。もう本当アタシ眠れないくらい心配したんだから……ッ!」


 ぽつ、ぽつ、とハルの目から涙がこぼれた。


 お、おう……悪い。そんだけ無茶したってことだよな。つうか思い返してみれば相当な無茶をしたもんだ。


「心配してくれてありがとな」


 おれはハルの頭をポンポンと叩いてやった。めっちゃ恥ずかしい……。勢いでやっちまった感のある行為だったが、ハルは嫌そうな顔はしてなかった。


「へっ、へへっ、もう心配させんなよッ! ばかっ!」


 ハルはめっちゃ上機嫌だった。顔真っ赤じゃねぇか!


 つうかいてーよ! そこ傷口! 傷口だから!


「面会時間過ぎてんじゃねーのか?」

「う、うんっ! そうなんだけど! アタシがどーしてもーって頼んだらずっといていいってお医者さんが言ってくれた! なんか『愛の力』とか言ってたよ!」


 医者……。


 だがまぁたしかに可愛い女の子から心配されてたら、目覚められないモノもついうっかり目覚めちまうかも知んねーな。


「そうか、ありがとよ」

「へへっ、ど~いたしまして~! そうだ! なんか食べたいモンある!? ケーキ作ろっか!?」

「いらん……。頼むから大人しくしててくれ……。そうだな、そこにあるリンゴ切ってもらっていいか?」


 誰かがお見舞いに置いておいてくれたのだろう。フルーツバスケットが棚の上に乗っかってた。


「おっけー。お安いご用だよ! ちょっと待ってて!」


 ハルが器用にリンゴを剥いてくれる。この辺はカフェで習得済みだ。デザートにリンゴを使った料理があるからな。


「はい。召し上がれ」

「おう、センキュな。うまいぞ! ウサギさん切るのうまくなったんじゃないか?」

「へへ~~~っ! そうだろそうだろ! たんとお食べ! なんならもう一個切ろっか!?」

「いらん。そんな食欲ねぇし、第一食っても大丈夫だったのか……?」


 少なくともおれはけが人である。内臓機能とか心配だ……。まぁお腹の方の傷はもう治った(自称)! から、心配なのは胸の方の傷である。


 つうかいてー。マジで上体起こしただけでかない痛む。相当な無茶したな。


「なぁハル、あいつはどうなったんだ?」

「あいつって? あぁ圭一のこと? ……………………つかまったよ。警察に」

「………………そうか」


 おれがぼこぼこにしてしまったからな。あのあと身動きが取れなかったのかも知れない。


「ほら! 明日斗病院から抜け出したじゃん? んで明日斗捜しに来た救急隊員が、その場にいた圭一をとっ捕まえたってわけ。それでのちに警察に引き渡された」

「なるほどな……」


 おれは納得する。おれが勝手に病院から抜け出したおかげで、捜索隊が出されたと。その捜索隊のおかげで今回は助かったってわけか。


 なんというか……おれめっちゃあぶない橋渡ったな。


「ありがとな、本当に。心配してくれてよ」

「いいっていいって! あたし、あんたの大切な人……なんじゃん? あんたがそうい、言ってたし……」

「……………………」


 おれは思い出しちまう。悶絶モンのセリフだ。


 かーっと頬が熱くなる。


『……今度おれの妹に――いや、おれが惚れた女にてぇだしたらゆるさねぇぞ?』


 ぬおおおおおおおおおおおおおっ!


 おれはなんというセリフを吐いてしまったんだ! 死にたい!


 猛烈に死にたい! 


 勢いに任せたとは言え、なんてことを口にしてんだよおれは!


 惚れた女? なにそれ! なにそれなにそれなにそれ!


 いや事実だけど! めっちゃ事実だけど!


 わあああああっ! くそっ! めっちゃ恥ずかしい!


 顔が熱い。死ぬ。体まで熱くなってきた。おかげで傷口が猛烈に痛い!


「だ、だいじょーぶあすと!? ケガが痛むの!?」

「い、いや……むしろ痛むのは心の方だな」

「なに言ってんだか分かんねーし! ははっ、なんかいつもの明日斗に戻ったって感じする!」


 そうか。それはよかったな。


 いやいつものおれはこんなんじゃない気がするけどな……。


 沈黙が二秒ほど流れ、おれはハルの顔を見上げた。


 月明かりに照らされた彼女の顔は、世界の何よりも美しかったと思う。



「――うれしかったよ、あすと」



 その声がおれの胸を撃つのにそう時間はかからなかった。


 心臓の鼓動が加速していく。え!? なにこれ!? 恋!? いや恋だよな!


 けどおれはもうとっくにこいつの虜になっている。


 クラスメイト、友達。そして………………義理の妹にして、初恋の人。


 おれはそんな彼女から喜びを伝えられている。


 そんなん……言われたら嬉しいに決まってんじゃねぇか。


「ちょっ、ちょっとなんで明日斗が泣いてるン!? うわっ! あんた絶対映画とかで号泣するタイプっしょ!」

「う、うるせぇ! 不意打ちだったんだよ! 不意打ち女!」

「はぁ!? 不意打ち女ってなんだし! あ、あたしの今の緊張返せし! むかつく!」

「あぁむかつけむかつけ!」

「ちょっ、ちょー腹立つ~~~~~~ッ!」


 ハルがポカスカとおれの胸を叩いてくる。その絵面は可愛かったが、今のおれにとっては猛烈に痛かった。


「いてぇよばか!」

「痛くて当然だし! 今のアタシのドキドキ返せし!」

「わ、悪かったよ! おれだってその……お前の言葉、嬉しかったんだよ」


 おれは頬を掻きながら言った。我ながら飛んだ茶番だと思う。


「ほ、ほんとに!? え!? マジ!? う、嬉しかったの!? あ、アタシの言葉!? ちょっとマジ~~~!? もう明日斗も単純だなぁ!」


 だから叩くな……。痛いってば。


 おれは呆れたようにため息をつく。なんかけっきょくいつものおれたちらしいやり取りになっちまってんな。


 一分ほど沈黙が流れた。


 おれは重くなる前にと口を開いた。


「おれの話をしてもいいか?」

「………………ん?」

「まぁなんだ、あまり重くならないように気を付ける」


 おれは軽く咳払いをした。それから続けた。


「おれがいじめられてたって話をしただろ」

「聞いた聞いた。中学校の時だよね」

「正確に言うと小学校からずっとだ。おれは泣き虫で弱虫だった。今のおれとはまるで正反対だったな」


「………………せいはんたいか?」

「だ、黙って聞けよ。だが母さんと父さんが別れてから、状況が変わったんだ。それまではいじめられてたことに悩んでたんだが、家庭が崩壊しかけておれの意識はそっちに持ってかれたんだ。何とかしないとカフェの経営が傾くと思ったんだよ」

「うわー、たいへんだったね。あのおと……おとうさんもけっこう苦労してるんだね」


「まぁな。なんせ母さんは不倫して、あげくにそれがバレたら逆ギレして出て行ったからな」

「……う、うわー。なんか明日斗、アタシ達お互い様って感じ?」

「そうだな。そうだ。親父はそれから塞ぎ込むようになってな。なんとかおれが支えてやらねーとって思った。そうやって支えてるうちに、いつかは自立したいって思い始めてな。いいや、正確に言うならこのカフェをもっと大きくしたいって願望が出てきた」

「夢ってやつじゃん! いーねいーね! アタシも手伝うよ!」


 おれは耳を疑った。お、お前……なんかその言い方だとおれと結婚するみたいに聞こえるぞ!


 ち、違うよな。うん違う。これはおれの勘違いだ。そうだ盛大な勘違いだ。


 妹として支えてくれるってことだよな。


「お、おうセンキュな。でだ。こうやって目標を掲げて生きるようになると、不思議と他の奴らからの視線ってのも変わってきたんだ。いじめられてるときって、いじめてきてる奴といじめられてる自分にしか焦点が向かないだろ? ケド自分が生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされたとき、人間は上を向いて歩けるんだって知った。不思議とそん時、自分って自分の力で変われるんだって思ったんだ。


 それから毎日のように店の手伝いをした。母さんと親父は別れたが、おれはべつに寂しくなかった」


「恨んでないの?」


 ハルが首を傾げて聞いてくる。


「………………どうだろうな。おれは親父と母さんがケンカしてるシーンを見ちまってるからな。そりゃもう壮絶だったさ。花瓶やら茶碗やらが飛ぶわで大騒ぎだ。近所の人たちも様子を見に来たくらいで、店の評判があのときはかなり下がった。


 そん時に母さんは言った『アタシだって頑張ったんだから、ちょっとくらいいいじゃない……』と泣き崩れるように。


 おれはそん時、よくもまぁ実の旦那と息子がいる前で言えたもんだなとは思ったさ。


 けど、母親だって色々ため込むモノがあるんだろうと今では割り切ってる。仕方なかったんだろう。だから恨んじゃいない……んだろう。


 それに母親と過ごした思い出は偽物じゃないって言い切れるからな」


 おれは一息ついた。そしてハルに向かってある告白をした。


「ハル、お前に言っておきたいことがある」


「…………………………ぇ? えぇ!? ちょっ、ちょっと待って! 心の準備ってモンがあるから!」


 おれはハルの手を取った。そして言った。


「おれ実は隠してたんだけど、すっげぇオタクなんだ! もう二次元とつくもの何でも好きなんだぜ!」


 ハルはめちゃくちゃ驚いた顔をしていた。そりゃそうだろう。


 正直おれの心臓はバクバク言ってたね。もう金輪際ハルがおれに信頼を向けなくなっちまうんじゃねーかなと、正直思ってる。


 だからおれは嫌われると思ってた。


 だがハルの答えは違った。


「……は? なんだそんなこと?」

「………………は?」


 いや、おれは聞き返す番っておかしくねーか? なんだその反応は!? もうちょっと驚いてくれよ!


「うわー、女の子の前で言いたいことがあるっていうから、つい身構えちゃったじゃん! も~~~アタシバカじゃん! あんたってホントそーゆーとこわかってないよね!」

「わ、わかってない!? おれが!? 言うタイミング間違えたってことか!?」

「そうじゃないし! つか、あんたがオタクだってこと、アタシもうとっくにきづいてっし!」


 なんだって? おれは耳を疑った。おれの耳! ついに疑う日が来るとは!


「当たり前じゃん! あんなカラオケで『俺ガイナイ』のオープニング熱唱したり、『ひとり・ざ・ばんど』の主題歌熱唱したりして! オタクバレしないわけねーじゃん! ほんっとバカじゃん! だいたいアタシがアニメの話してるとき、あんた鼻の穴膨らませすぎ! もう語りたくて語りたくてしょうがないって顔してっし! ば、れ、ば、れ!」


 えぇえええええええ!? そうなのか!? おれは衝撃で地球の裏側まで飛んで行ってしまいそうだった。


 こ、こいつ気づいてやがったのか……!? 道理でなんかおれがやらかしたか? オタクバレしたか? と思うときほど反応が薄かったんだ!


 ちくしょ~~~! あれ演技だったってのかよ!


「あんた一世一代の告白だったね! あぁ! くっだらない! ケド敢えて言わないようにしてあげてた。この人もアニメ好きなんだろうな、ケド周りにバレたくないんだろうな、じゃあ黙っとこうと思っててあげたあたしの気持ち! 心配り! 感謝しろっての!」

「なっ! 感謝だと! お、おれはべつに頼んでねーよ!」

「はぁ!? じゃあアストクラブにあんたがオタクだって子とバレても言い訳!?」


「ダメだ! 絶対にダメだ! それはおれの沽券に関わる! どうかばらさないでくれ! …………ってお前も同じだろうが! オタクバレしたくねーのお前も同じだろうが! なんならおれがお前がオタクだってこと洋介とかネネとかにばらしてやろうか!」

「ひゃっ! な、なんてことするの! バカッ! バカ兄貴! ふざけんなし! アタシのこともっと考えて行動しろし! あんた兄貴でしょ!」

「んな時に便利に兄貴を持ち出すな妹! ……わかった、いったん休戦協定としよう。お互いにオタクなのは、お互いの共有の秘密ってことで」

「そ、そだね……」


 おれたちはお互いにもじもじしていた。な、なんなんだこのくすぐったい時間は……! 死にたい!


 だがおれはこのときまだ気づいていない。扉の向こうでこそこそと話している人間達がいることなど、まだ気づいていなかった。


 だからなにも知らないおれは、ハルに聞いた。


「なぁハル。お前の話も聞かせてくれよ。この前病院でした話がすべてってわけじゃねーんだろ?」


 図星をつかれたとばかりに、ハルは居住まいを正した。


「なぁんだ、バレてたんだ」

「あぁ、バレバレだ。なんならお前が隣の部屋で漫画読みながら考察をブツブツ呟いてるのもバレバレだぞ!」

「は、はぁ!? べ、べつにいいじゃん! は、はっずいな! なんであんたそんなとこまでしってんの? 裸見たからアタシの全部知りたくなっちゃったとか? え? なに? そういうこと?」

「バッカちげぇよ。おれを変態扱いすんな。悪い今のはおれの口が滑った」

「ったく、いいよ。話したげる」


 それからハルは語り出した。おれは多分この日のことを一生忘れねーんだろうな。

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