第05話 星熊ヤクモ
――午後8時45分――
――しゃぶしゃぶポン野菜 晴町店――
「先輩、すき焼きを奢ってくれるって言ってましたけど、しゃぶしゃぶ食べ放題の『すき焼きだし』って正確にはすき焼きじゃないっすよね?」
ご主人様が鍋に入った肉を皿に取りながら言った。ここはしゃぶしゃぶポン野菜。食べ放題のしゃぶ鍋チェーン店である。
「あー? 文句あんのかー? 先輩が労いのために奢ってやってんだから、ご主人様はありがたく肉だけ食べてろよー」
なんと失礼なご主人様であろうか。人がなけなしのお金で奢ってやっているというに……! 確かに食べ放題はケチいかも知れない。でも私女子高生だから! お金ないから!
「目が怖いっすー……別に文句はないっすよ。疑問に思っただけっす」
「ほら、玉子なくなってるじゃん。おかわり頼めよご主人様。どうせ食べ放題だし」
「うう、わかったっす。じっさいお腹空いてるし、ここは先輩に甘えていっぱい食べちゃうっす」
店員を呼んで追加の玉子と肉を注文をするご主人様。今どきタブレット注文方式でないのは珍しいが、それが安さに直結しているのなら私は何の不満もない。
「あ、店員さん。白菜とえのきと豆腐の追加もお願いします。ぜんぶ4人前で」
「先輩めっちゃ食べるっすねー。そんなに食べるのになんで身体はちっちゃいんすか?」
あ゛あ゛あ゛!?
なんつー禁忌に触れるんじゃこのご主人様は。
「まだ、ほら、私は成長期だからね……? これから伸びる予定だし……ち、ちなみにご主人様の身長は?」
「ウチは155cmっすね」
バカな……!! 10cm以上離れているだと……!?
私→身長144cm
容姿もスタイルも身長もジョブもセンスもすべてが上回るというのか!? 我がご主人様は圧倒的ではないか!?(私に対して)
あぶねー。これで喋り方が聖女様喋りだったら人間として完敗するところだったぜ。アホみたいな喋り方をするご主人様で助かった。はははははー。
「ん? どうしたっすか?」
「いや、ご主人様にはその喋り方を一生貫いて欲しいなと思ったしだいです」
「え? なんすかそれ?」
その後、私とご主人様は肉をたらふく食べた。
…
……
………
「改めて自己紹介をするっす。うちは星熊ヤクモ。高校1年生。ジョブは魔法少女っす」
やはり希少職の魔法少女だったか。
「ちなみにステータスはこんな感じっすね」
ご主人様は「ステータス」と唱え、現れたステータスボードをこちらに見せてくれる。
―――――ステータス―――――
探索ネーム≫ホシクマ ヤクモ
探索ジョブ≫魔法少女
Lv.22(21up↑) LP 294/300
現在地≫しゃぶしゃぶポン野菜 晴町店
―――――ジョブスキル―――――
◇魔法少女☆変身《発動》
魔法少女に変身する。
全回復する。
基礎能力が大幅に上昇する。
効果時間3分(再使用に30分のCTが必要)
◇マジカル☆トゥインクル☆ベアーミー《条件》
子熊兵を召喚する。召喚数はレベル依存。
※魔法少女に変身中のみ使用可能
◆マジカル使イ魔《特殊》(NEW)
ゆる使い魔を使役する。
使い魔【なし】
―――――サブスキル―――――
【魅力】【幸運】【豪運】【集中】【察知】
【星熊流古武術】
――――――――――
さすが希少職、ツッコミどころは多いが、まずLPの少なさに目がいった。300はすくねー。スキル【魔法少女変身】のぶっ壊れ具合いもすごい。変身するたびに全回復するなら永遠に戦うことも可能なのではないか? てか全回復ってなんなの? 問題があるとすれば変身して倒せなかった場合に30分のクールタイムをどう凌ぐかか? でもご主人様は素でかなり強いからなぁ。
「どうすか先輩? 何かアドバイスとかないっすか?」
「アドバイスはないけど、やっぱりLPの少なさに目がいくね。私からしたらグロ画像にしか見えないけど、希少職の人はよく正気を保てるなーと思うよ」
「最大でLP300っすからねー。私もこの数字を見た時は愕然としたっす。まあ、寝て起きたら平気になってたっすが」
「切り替えはやっ!?」
探索者としてジョブを手に入れると【LP】というステータスが与えられる。
LPとはライフポイントのことである。
LPは1日に1ポイントづつ自動的に減っていき【0】になるとその探索者は死亡する。LPは職種によってその最大値に差がある。一般職は2000LP。上級職は1000LP。希少職は300LPである。例外としてユニーク職があり、30〜∞(無限)LPまでジョブによって違うことが確認されている。LPはLPポーションを使うことで回復できる。LPポーション1本の回復量はLP最大値の10%である。LPポーションの売買は探索者協会によって完全に管理されており、個々での取引は禁止されている。LPポーションの価格は協会規定として1本300万円に固定されている。『探索初心者必読マニュアル』から抜粋。
「1年も生きてられないってツラー……」
「いやや、LPポーションを手に入れれば回復できるから大丈夫っすよ!」
「でもLPポーション1本で10%の回復でしょ? つまりご主人様は1本で30日分しか回復できないってことでしょ? 月に300万稼がにゃならんってことでしょ……!! ツラーー!!!」
「確かに最初はキビシイかも知れないっすが、先輩と一緒なら大丈夫だと思うっす。どちらにしろウチが死んだら先輩もご臨終っすし、お互い一蓮托生でがんばるっす!」
はーーー、そうだった。
今後はご主人様のLPがそのまま私に影響するんだった……
私は今までLPを気にしたことがない。なぜなら忠犬のLPが無限だからだ。何を隠そうLP無限のユニーク職とは私のことである。忠犬も実はそこだけはすごかったのだ。その分補正が弱々クソザコナメクジだったわけだが、よくよく考えるとLPの数値からして弱くて当たり前だったのかもしれない。
「分かったよ、ご主人様……! 死なないように一緒にガンバろう!!」
月に300万……今までのペースで考えると絶望的な数字だが、狂敵すら簡単に屠るご主人様がいれば今後の探索ペースは劇的に上がるハズである。
「ところでその、ご主人様……っていうのは止めてもらっていいっすか? なんか恥ずかしいっす……」
「うーん、その命令は聞けないみたいだね。ご主人様のことはご主人様と呼ばないとダメな決まりみたい」
「ええーーっ! ダメってなんすか!?」
「どうやらこの『ご主人様』呼びは、忠犬スキルの弊害っぽいんよ。止めれん。魂に刻まれてる感じ。ご主人様がご主人様にしか見えん。めっちゃ輝いて見えるし。好きでたまらない。何なら今すぐにでも全身舐め回したい。とくにお尻を舐め回したい、犬的に」
「ええーー!! なんすかそれーー!!?///」
忠犬の従属契約恐るべし。どうやら主人とした人を強制的に好きになるみたいだ。さすが忠義の犬。めっちゃ依存しよる。いや、元から可愛いと思ってたよ? カッコいいとも思ってたよ? たすけてもらって一目惚れしちゃったよ? うむむむむ……だがいや私、ノーマルですから!! 持ってて良かった【忍耐】スキル! 発動せよ忍耐! 耐えろ意思! 耐えろ! 耐えるんだ! 忍耐ーー!!
「……まあ、今のは冗談なんだけどさ。コレからもよろしく頼むよ、ご主人様」
とりあえず冗談ってことにしておく。
「むむ、そういうことなら……わかったっす! よろしくお願いしますっす! 先輩!!」
二人で鍋をはさんで握手する。ご主人様の目はキラキラと輝いており、何となく私達の未来は明るい気がした。
「あ、そういえば、ご主人様ってどうして探索者になったんだっけ? 見た感じ入学早々に探索者試験を受けたっぽいよね?」
「うーん、まあ簡単にいうと親友が探索者になるって言ったので、ウチも付き合いで探索者試験を受けたって感じっすね」
「あー、それで自分だけ受かって友達は落ちたってパターン? よくあることだよ」
「いえ、その親友もちゃんと合格したっす……」
「えっ……? じゃあどうして今日は一人で潜ってたの? ご主人様の親友って子は……?」
「うーん……っす。じつはその親友はもう一生ダンジョンに入らないって言ってるっす。これには海より深い理由があるんすけど……先輩だから話しちゃうっす」
ご主人様の話はこうだ。
高校入学と同時にご主人様の親友【龍泉ネム】が探索者試験を受けると言った。
ご主人様は付き合いで一緒に試験を受けることに。
結果二人は見事に合格。
ご主人様は魔法少女、ネムは上級職である【魔道具師】のジョブを手に入れる。
二人はどうせ【探索者センター】に来ているのだからと、ついでにダンジョンにも入ってみることにした。
『探索者センター』とはダンジョンの入口である【ダンジョン石碑】を囲むように建てられている建物である。ダンジョン入場の管理や素材の買い取り、武器の販売などを行っている。
この時、二人がいたのは隣町の曇山にある探索者センターだった。曇山ダンジョンである。ランクはA。
ランクAのダンジョンとは言っても第01階層のモンスターはどこも雑魚である。曇山は【森林ダンジョン】。迷いやすくはあるが低層なら地図も売られている。
二人は軽く装備を整えてダンジョンに入ろうとした。しかし、不意に二人の男から声をかけられる。ニヤニヤと薄笑いを浮かべながら話しかけてくる男達。どうやらパーティーを組みたいと言っているようだ。女性二人の探索は危険だから自分達が引率してやると言う。
しかし、ご主人様とネムは二人から胡散臭さと気持ち悪さを感じたためパーティーの誘いを断った。
「ニヤニヤしてふつうに気色悪かったっすよ。確かにウチとネムちんは美少女っすけど、おっさんが女子高生をナンパするなって思うっす」
美少女の自覚あったんだ……さすがご主様。さすご主。
それにしても男の探索者は本当に困りものである。新人の女性探索者に探索のイロハを教えてやると近づき手を出すという事件がかなり頻繁に起きている。探索者協会から注意喚起されるくらいだ。
ちなみに私は1度もパーティーに誘われた(ナンパされた)ことはない。
なんだ? 何が悪いんだ? 顔か? 身長か?
「それで無視してダンジョンに入ったんっすけど、」
「あとを着けてきたってトコか……」
「そうっす。森ダンジョンの奥深く、人気のない所に行くと男達が姿を現したっす」
「それで襲ってきたと?」
「はいっす……」
「…………」
なんてこった。ご主人様とネムはそんな体験をしていたのか……ダンジョン内での出来事は基本的に自己責任である。探索者協会が探索者を管理しているとはいえ、ダンジョン内のことまで取り締まるのは非常に難しいのだ。規則があって罰もあるが、現地で好き放題されたら意味がない。ネムはおそらくその体験が元でトラウマに……
「だからボッコボコにしてやったっす」
「え?」
「ボコボコっす。あとを着けてきてるのは分かってたから、森の奥に誘い込んで、ボッコボコにしたっす」
「へ、へー……そうなんだ……さすご主……」
「さすご主? まあウチはこう見えて古武術をやってるっすからね。対人戦なら例え相手がベテラン探索者であろうと負けないっす。初手で両手をへし折ってあとは全身をボコボコにしてやったっす」
「」
「探索者は基本的には協会が管理してるっすが、ダンジョン内での出来事まで取り締まるのは難しいっすからねー。自己責任っすよ。自分の責任で粛清してやったっす。森の奥に誘い込んで二度と私達に関わらないようにボッコボコに。自業自得っす」
なんだろー。
さっき同じことを考えてたけど何か違う気がする。
「じゃあネムがダンジョンに入らないと言ってるのは……」
「ネムちんは運動が大キライっす。体力もまったくないっす。森の奥まで連れて行ったのが相当トラウマになったみたいっすね。足が動かないよヤクモ……海の底にいるみたい……ネムはここで眠りにつく……て森の中でダウンしちゃったっす」
その後、石のように動かなくなったネムを抱えてダンジョンから帰還した、とご主人様は話を締めくくった。
なるほど、
「運動キライなのになんで探索者になったのっ!?」
例え生産職であろうと必ずダンジョンには入らなければならない。でないとレベルが上がらずステータスも上がらないからだ。生産にも魔力を使う。レベルは高い方がいい。
「単純にお金が稼ぎやすいからって言ってたっすね。確かに今日の稼ぎを考えると、とんでもないコトっす」
金か。
わかる。身に染みる。
確かに探索者は儲かる。今日なんて狂敵を2体倒したことで魔石を600個も手に入れた。売値108万円である。一人あたり54万だ。ヤバい。
ちなみに魔石を持ち帰るのは予備のエコバックまで導入してけっこう大変だった。自分がドロップ品に悩まされる日が来るとは……少し感動である。
「スキルカードも2枚手に入れたし、これオークションに出せばハンパない稼ぎになると思うよ。どうしようご主人様? 使う? 売る?」
「うーん、体力系のスキルカード以外は全部先輩にあげるっす。その代わり体力系スキルカードか魔道具のレシピを手に入れた時は優先的にウチの物にしてもらえると嬉しいっす」
体力系のスキルと魔道具のレシピ……って完全に親友用じゃん。引きこもりの友達のためにそこまで考えるなんて、めっちゃいいご主人様や。涙。
「わかった。ご主人様がそれで良いならそれでいこう。ただしLPポーションのことも考えないといけないから、売却した場合のわけ前なんかは後々考えようと思う」
私達(正確にはご主人様)のLPは300しかない。これは『1ヶ月に1回はLPポーションを使わなければならない』ということだ。でなければLPがどんどん減っていく。
今までLPのことなんて考えなかったからなー。
はたして私達は1ヶ月に300万円も稼げるのだろうか?
この悩み、なんか探索者らしくなってきた、と思った。
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