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第02話 出会い


――それは突然だった。


全身を威圧される気配を感じ足を止める。


「あわわわ、逃げてくださいっすーー!」


通路の先の角を少女が叫びながら駆け足で曲がってくる。モンスターから逃げて来たようだ。


半泣きで向かってくる少女の姿は、セーラー服に探索用ジャンパーを羽織っただけの簡素な装備だ。


初心者御用達(ごようたし)の第01階層とはいえ相当ナメた格好である。


まあ、私も雨合羽の下は制服なんだけどね。どうせ帰りに【洗浄】してもらうなら、制服のクリーニング代を浮かせてしまった方が得なのだ。ほぼ被弾することがない、ゴブリンしか出現しない『第01階層』でのみ可能なちょっとした節約テクニックである。


てか、この娘、私と同じ学校みたいだね。この辺鄙へんぴな町になぜか存在する、お嬢様学校(偏差値中)指定のやや地味目のセーラー服を着ている。スカーフの色を見る限り今年入学した一年生であろう。


「無所属! 犬山ツカサ! ゴブリンの群れなら手伝えます!」


私は所属クラン(無所属ではあるが)と名前を名乗る。ダンジョン内で他の探索者とコンタクトを取る時は、この2つを先に伝えるのが決まりだ。


この少女はおそらく新人探索者。『ダンジョンの下見に来たがゴブリンの群れと遭遇し手に負えず逃げだした』といったところか。


実際ゴブリンの群れは慣れてないとかなり危険だ。戦うならそれなりに覚悟がいる。初ダンジョン体験で第01階層での死亡率は0.5%である。決して低い数字ではない。


この少女のように遭遇したモンスターを引き連れて、それを他人に押し付ける行為は【トレイン】と呼ばれる違法行為になるが、しかし第01階層で新人の行うそれに文句をいう探索者はいない。ゴブリンなら私ですら対処できるからだ。


「ああ、ちち、違ゔっす! 逃げてぐださいっすー!」


ぴゅーと、少女はすれ違い走り去っていった。


いや置いて行くんかーい。てか、めっちゃ足速いやないかーい。今の身体能力なら絶対に私より良いジョブついてるやないかーい。


謎の関西弁でツッコミを入れつつ両手に斧を構え、ゴブリンを迎え撃つ体制に入る。曲がり角から出てきたところをまずは1体仕留め、


ズンッ……


曲がり角から出てきたのは、ゴブリンの数倍はあろう巨大なバケモノだった。


3メートル近い巨躯をした牛頭の大男。


「ミ、ミノタウロス…!?」


デカイ。目が怖い。ムキムキ。


全身を筋肉の鎧で包まれた牛頭の巨人は無数のトゲが生えた巨大な金棒を持っている。先ほど感じた威圧感はコイツからだったのか? 対峙しているだけで足が震える。――てか、これは威圧スキル!?


ミノタウロスの全身は傷だらけのボロボロで血まみれだった。かなりのダメージを受けているようで、息も荒い。


さきほどの少女のパーティーと戦ったのか?

これほどのダメージを与えて勝てなかった?


どちらにしろ逃げるしかない。


このミノタウロスは【狂敵】である。


私ではどうやっても勝てない。100パー死ぬ。


【狂敵】とは、ダンジョンに稀に出現するイレギュラーモンスターのことである。各階層に出現するモンスターは基本的に決まっているのだが、唐突に通常では考えられないような強さのモンスターがポップされる事がある。その強さはボスモンスターにも匹敵する。探索者の死亡原因の5割が【狂敵】との突然のエンカウントである。『探索初心者必読マニュアル』から抜粋。


第01階層で【狂敵】が出現する事はまず無い。まったく無いという事もないが、全国のダンジョン全て合わせても1年に数件報告があるくらいだ。「浅い階層で狂敵と出会う確率は宝くじに当たるようなモノだから、第10階層を超えるまでは考えなくて良いよ」とは初心者講習の講師の談である。


どれだけ低い確率を引いたんだあの女の子は……

とにかく私も逃げるしかな、


「ヴオォォォォーー!!!!」


逃げようとしていた私の足が止まる。

止まるというか動かない。

ミノタウロスの咆哮によって『スタン』したのだ。


しまった……!! 【狂敵】との戦闘は敵を発見した瞬間に逃げるのが定石である。やらかした。正面から対峙している時点で私は大ピンチ状態だったのだ。


ミノタウロスが軽々とトゲ金棒を振るう。


私は避けることもできずにミノタウロスの攻撃をもろに受け、通路の壁に叩きつけられる。まったく動けなかった。スタンが効きすぎた。


口から血があふれる、右腕の感覚がない。


どうやら右腕はグチャグチャに潰れてしまったようだ。


めっちゃ痛い。たったの一撃で、ここまで…


「ゴフッ……、ヤバい……死んじゃう……」


探索者として、いつか死ぬこともあるかもと覚悟してきたが今日であるとはなんと突然だ。まあ事故ってそういうモノかも知れないけども。予想して事故に会う人間もいないだろうけども。哀しい。涙が出てくる。痛すぎる。


ミノタウロスがゆっくりとトゲ金棒を振り上げる。


妹の顔が浮かんだ。


ごめん……お姉ちゃん死んじゃうよ。


考えてみれば妹には苦労ばかりかけてきた。いつもだらしない私を叱ってくれた。私が高校行かないで中卒で就職しますって言うと泣きながらめっちゃ怒ってた。「お姉ちゃんも青春しろ!」だって。怒った妹もキュートだった。可愛いのカタマリだった。結局、高校に進学したが青春もクソもない探索者になってしまった。それでも私が楽しそうで嬉しいと、妹はいつも応援してくれた。貯金も800万あるしかしこな妹なら何とでもやっていけるだろう。心残りは妹の成人式の晴れ着姿が見れなかったことか……さようなら妹よ。お姉ちゃんは死ぬ。グッバイ……アディオス……ダスヴィダーニャ……


……

………


アリヴェデルチ……


――て、全然トゲ棒落ちてこないな?


「だから、逃げろって言ったっす! あほー!!」


大きな罵声がダンジョンの通路に響いた。


そこには巨大なミノタウロスと壮絶な鍔迫り合いをしている少女の姿があった。


先程逃げた少女だった。


少女の武器は『金属バット』であった。


ミノタウロスの大金棒と押し合いギャリギャリと金属音を上げている。


ミノタウロスと少女の体格差は二倍はありそうだ。この小さな体(私よりは大きい)のどこにそんな力があるのか不思議でたまらない。しかも得物はバットである。


もちろんダンジョン産の武器バットであろうがもう少し良い武器はなかったのか? バットはないだろバットは。


「ええぃぃ、おお重いぃぃーーっす!」


少女が押され吹き飛ばされる。


流石に体重と力の差で耐えられなかったようだ。地面をゴロゴロと可愛く転がって行く。体格差あるしやっぱり厳しいか。いやあのバケモノとってただけでも凄いんだけど。


「大丈夫っす先輩! 必ずウチがたすけるっす!」


少女は立ち上がりながら私をはげましてくれる。壁に這いつくばる赤いボロ雑巾みたいになった他人を気にかけてくれるなんて、めちゃいい娘である。


少女は再びミノタウロスを迎え撃つ。


少女のバットとミノタウロスの巨大金棒が打ち合って通路に大きな金属音と火花を散らす。


この娘、【狂敵】であるミノタウロスとバットで戦り合えるなんて新人に見えて本当は大ベテランなのか? 少女に見えて老将か? 歴戦の猛者か? 凄すぎるぞ。


なんか武術とかやってそうな身のこなしである。地面を滑るように移動していく。


ジョブもかなり強力なモノを持っているのだろう。


【勇者】や【剣聖】などの【希少職】は、【一般職】の10倍以上の基礎補正があるらしい。少女のジョブが希少職でかつ、武術等で普段から闘いに身をおいていたのなら、新人でこれだけ動けてもおかしくはない。


ちなみに我がジョブである【忠犬】の補正値はめちゃくちゃ低い。ユニークなのに弱い。バランス調整したヤツが無能なんだと思うくらい弱い。クレームを送りたい。


あと私の基礎身体能力もかなり低い。身長144cmしかない女の子だからね。そこはしょうがないね。


少女は烈火の如く振るわれるミノタウロスの金棒を懸命にバットで弾く。しかし巨体から繰り出される連続攻撃は凄まじく、少女の衣服を裂き、皮膚を削り、血を吹き散らせる。それでも少女が怯む様子は一切ない。


がん…ばれ! 口から血がドンドン出てくるので声を出しての応援はできないが、心の中で私は、ものすごく応援しているぞ! 少女よがんばれ! マジがんばれ……! 勝ったら【すき焼き】をおごってやるぞ…!


しかし現実は非常だった。少女がバットで迎え撃つも徐々に押されて後退する。やはりミノタウロスの方が戦闘力は上のようだ。やっぱりデカいやつは強い。


「くっ……! わあっ!!」


少女がまたも吹き飛ばされて私のすぐ隣の壁に叩きつけられる。


「うぐぅっ……隙を……あ、あんたは……逃げる……っす」


叩きつけられた衝撃で意識を朦朧とさせながらも少女は私に逃げろと言う。いやもう君戦えそうにないじゃん。無理だ。なんで私を助けに来たの? 逃げて良かったよ? 逃げる事は悪じゃないよ? 探索者は生き残る事がもっとも大事って初心者講習で習ったでしょ? 目茶苦茶いいヤツじゃん。


私なんか置いて君こそ早く逃げろ!


ミノタウロスが巨大な金棒を構えてゆっくりと近づいてくる。鼻息が荒い。すごく怒っているようにも見える。


少女は迎え撃とうとするが、身体を上手く動かせないようで立ち上がれない。致命的なダメージは受けていないようだがすでに満身創痍だ。


「ま、だ……まだまだっす!」


これだけボロボロでも少女の瞳に諦めはない。しかし身体の方は言うことを聞かず、バットを支えに立ち上がろうとするが、力が上手く入らないようだ。よく見ると少女の下にも血の水たまりができていた。


決して諦めず、まだ立ち上がって戦おうとしている少女を見て、私はカッコいいと思った。言葉使いはヘンだが、この子を死なせたくないと思った。


制服のスカーフの色を見るかぎりおそらくうちの高校の1年生。顔は私の10倍以上かわいい。今春、高校入学と同時に探索者になったパターンだと思う。ということは、まだ探索者歴2週間か? それであの立ち回りは天才すぎる。きっと強力なジョブを引いたのだろう。戦闘のセンスもすごい。私よりはるかに優秀な探索者になる事は間違いない。何よりも他人を助けようとする正義感が素晴らしい。私だったら間違いなく知らんぷりしてそのまま逃げている。


ここで先輩探索者である私が、将来有望な新人をみすみす死なせるワケにはいかない。


私も命の限り戦うことにした。


私の現状、とりあえず立ち上がることは不可能。右腕はグチャグチャ。肋骨も折れている。めっちゃ血吐くし、肺も傷ついてるっぽい。あと10分生きれるのかもアヤシイ。今できることは、左手をちょっと持ち上げるくらいである。


だがこれでよい。


いまだ立ち上がれない少女の右手に、私の左手を添える。


少女が「?」と、こちらに視線を向ける。


漆黒の奇麗な瞳。


初めて少女と目が逢った。


服はボロボロ、身体は血まみれであったが、その少女はとても美しかった。透き通るような美少女。私の性別が女でなければ惚れているところだった。危なかった。


っす口調なのが気になるが、この娘なら私の『ジョブスキル』を使っても大丈夫だろうと思った。たぶんヒドイ事にはならないだろう。分からんけど。


私はスキルを発動しながら少女に話しかける。


「こんな時にすごく唐突な事を言うけどさ……私と契約してご主人様になってよ」


そのまま少女を引き寄せて、右手の甲をペロリとなめた。


「え゛……!? なんすか!?」


少女がビックリしたように大きな瞳を開いた。


うん……こ、この行為は忠犬のスキル仕様上必要な動作であって、わわわ私にそんな趣味はないからな。


二人の身体を暖かい光が包む。


『ジョブスキル【主従契約】が発動しました!』


『ホシクマ ヤクモを【主人】に設定しました!』


頭の中で合成音声のようなアナウンスが流れる。探索者特有のシステムメッセージである。


今日この日この時、


私は誰とも知らない少女の【犬】になったのだった。



応援&ブクマよろしくお願いします!


☆☆☆(^∇^)ノ♪☆☆☆


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