61.メイド男爵、防衛戦の新しいスタイルを発見する!
「砦ちゃん、ぶちかませっ!」
砦の体当たりによって敵を排除しようという私たちである。
この砦、ドラゴンとの一件でも思ったのだが、非常に頑丈だ。
岩の塊がクリーンヒットすれば、さしもの化け物もタダでは済まないだろう。
そんな風に思っていた時期が1秒前にあった。
しかし、一秒後、私は思い出す。
この砦は私の体と連動しているということを。
すなわち、砦が頭突きをするって言うことは、私が頭突きをするっていうことなわけで!
「ひぐはぁっ!?」
気づいた時にはすでに遅し。
砦は猛烈な勢いで地中からせり出し、牛の化け物の顎に屋上分を激突させる。
当然、私の頭にも猛烈な痛みが走る。
目の前がチカチカして、クラクラしてくる。
「お師匠様!?」
まともに立っていられず、メイメイに支えられる私。
そりゃそうだ、頭突きなんて生まれて初めてだよ。
「頭にこぶができたら大変デス! ガザシーちゃん、癒しテ!」
ポイナはすぐに私の頭にスライムを乗せる。
不覚にもひんやりした感触を気持ちいいとさえ感じてしまう。
ポイナはいい子なんだよなぁ、癒し方が変なだけで。
「おぉおお! ぶっとびましたよっ!」
「えぇ、頭突きじゃったのぉ!」
マツとアクさんは大興奮だけど、油断はできない。
モンスターはとても執念深い生き物なのだ。
こっちが先制攻撃を仕掛けた以上、死に物狂いで攻撃を仕掛けてくるかもしれない。
「ぐぉががああああああ!」
すると、やっぱりというべきだろうか、化け物はゆらりと四足歩行の状態に戻る。
私の頭が割れそうになるほどの頭突きだったのに、無事だなんてありえないよ。
「お師匠様、もう一度、地中に戻ってぶちかましをかましましょう! 次はいけますよっ!」
メイメイは握りこぶしを作るが、その期待には応えられない。
私、頭突き、嫌なのっ!
目の前が真っ暗になるし、絶対に健康に悪い!
「ぐるぐるぐるぅうううう!」
しかも、である。
四足歩行の化け物はこちらに向かって、何かをべしべし吐き出したのだ。
それは紫色の弾丸のようなもので、触れた部分が醜悪な煙を上げている。
ひぇええ、なんて汚い奴!
それはこの砦にも当たったらしく、嫌なにおいが辺りに充満する。
「いったん、屋上に避難するよっ! 急いでっ!」
もしかしたら毒の攻撃かもしれないと感づいた私は皆を一番安全な場所へと誘導する。
さすがに毒で死ぬのは嫌だ。
「あんにゃろぉおお!」
屋上にのぼって辺りを見回すと、砦の周辺は紫色のなにがしかで塗りつぶされていた。
まるで毒の沼地のような雰囲気。
何が面白くて、こんなことをしてくれるんだ。
「ぺろっ……こ、これハ!? 男爵、毒ですヨ!」
屋上の近くの壁にへばりついた紫色の液体をポイナは指ですくってぺろりとなめる。
だから、それを止めなさいって言うの。
即死したらどうするのよ。
「土壌を不毛の大地に変える嫌な毒! ちょっとだけスパイシー!」
私のジト目などなんのその、彼女は毒の分析を始めるのだ。
それは私にとっては許せないものだった。
なんせ私の領地を汚染しているっていうことだったから。
「ふざけてるじゃん、あの化け物!」
血管がブチ切れそうになるほど、血圧が上がるのがわかる。
あの化け物、やっていいことと悪いことの区別がつかないらしい。
しかし、である。
私は無力なメイドだ。
壁は掃除できても、魔物は倒せない。
「ふふふふ、大丈夫ですヨ! この類いの毒を持った魔物は違う種類の毒に弱いんでス! 私、毒、作ル! あなた、それ、使ウ!」
ここでぐいんと胸を張るのがポイナだった。
いわく、特定の毒に強い魔物は、特定の毒に弱いのだそうだ。
「毒を以て毒を制ス、私の好きな言葉でス!」
「なるほどぉ!」
「それじゃア、私、研究室に行きまス!」
ポイナは15分程度で毒を作れるとのこと。
すごいやつだ。
とはいえ、ここで鍵になるのはどうやって奴に毒を当てるかである。
さきほどの動きから言って、そんなに俊敏ではない。
ないのだが、投げて当てられる距離じゃないと思う。
「ふくく、メイド男爵、何か忘れていませんか? 私たちにはアレがあるじゃないですかっ!」
ここでずずいと割り込んでくるのが、マツである。
彼女は不敵な笑みを浮かべながら、とあるものを指さす。
その先にはいつぞやのコンチパ、ならぬスリングショットがあった。
「そっか! あれを使えばいいのか!」
確かにこの武器があればなんとか行けるかもしれない。
しかし、問題は敵が動くかもしれないこと。
「ぬひひ、相手にとって不足なしですよっ! 私が奴を足止めします! お師匠様に教えてもらった、一子相伝の暗殺拳のお披露目です!」
メイメイはぽきぽきと指を鳴らす。
いや、私は何も教えてないぞ、そんな物騒なもの。
彼女に任せるのが得策とはいえ、彼女だけに任せるわけにもいかないと私は感じていた。
だって、嫌なのだ。
一刻も早く、庭掃除をしたいっ!
ほおっておくと、土の中にしみ込んじゃいそうだし。
「メイメイ、私も行くよっ! 私は庭の毒を浄化するから、メイメイは魔物の相手をして!」
「はいっ、お師匠様、初めての共同戦闘ですねっ!」
メイメイは私の手をがちっと握って、にぱぁっと笑う。
とてもいい笑顔過ぎて、今から戦場に行くとはとても思えない。
よぉし、作戦開始っ!
◇
「浄化、浄化、浄化ぁああああ!」
そんなわけで大地に降り立って庭掃除を始める私である。
まずは手のひらを浄化魔法で覆って、毒を無効にする。
それから汚染された毒を先日、王都で購入したスコップで一か所に集めていくのだ。
「ヒャッハー! 私が相手だ! ベヒーモス! 血塗られた一族の秘伝の暗殺拳を受けるがいい!」
私がどうして呑気に庭いじりができているのかというと、メイメイが魔物を惹きつけていてくれるからである。
彼女の動きは以前よりもさらに俊敏になり、のろまなベヒーモスでは止められない。
もっとも相手は巨体の化け物である。
ケリやパンチが効いている様子もないけれど。
「メイド男爵、できましたよぉおっ!」
「行けるのじゃぞ!」
「ばっちりですヨ!」
そうこうするうちにマツとアクさん、そしてポイナから合図が入る。
よぉっしゃ、後はメイメイがちゃんと避難できれば何となる!?
「あれ?」
しかし、しかし、である。
そんな風には現実はうまく進まないのだった。
メイメイの動きが明らかに緩慢になっているのだ。
「お師匠さまぁああ、こいつ、毒の息を吐きますよぉおお!?」
ふらふらになりながら、こちらにかけてくるメイメイ。
その後ろから化け物が追いかけてくる。
これは危険だ。
「メイメイ!? ポイナ、助けてあげて!」
私はメイメイの方向へと一気に走る。
これは痛い誤算だった。
化け物が毒を吐くだけじゃないってなんで思わなかったんだろう。
「メイメイ、スライムだよっ!」
ポイナとマツはここでものすごい判断をする。
な、なんとスライムをスリングショットで飛ばしたのである。
ばびゅんと飛んできたスライムはメイメイを飲み込むと、ころころ転がって安全圏へと連れて行く。
しかし、これでメイメイはなんとかなった。
彼女の命は救われたのだ。
「化け物、私が相手だよっ!」
スコップを両手に持ってすごんでみる私である。
目の前の魔物は先日のドラゴンと同じぐらいに大きい。
見上げるだけで脚がすくむ。
「ぐおがぁあああああっ!」
迫りくる怪物の巨大な口。
その中には凶悪な牙がぎらりと光る。
噛まれたら一巻の終わりに違いない。
だけど、ここで死ぬわけにはいかないっ!
時間を稼がねばならないのだ、どうにかして。
「ん?」
私は見逃さなかったのだ。
怪物の牙がびっしり歯垢で汚れているのをっ!
メイドとは身の回りのお世話をする仕事である。
ご主人様の髪を洗ったり、体を洗ったりするのも、そのお仕事の一つ。
そして、歯を磨くことも健康に欠かせないこととして必修科目になっているのだ。
「お口を失礼いたします、ご主人様っ!」
私はスコップを持って口へと突撃をかます。
もちろん、それは攻撃のためではない。
びっしりついた歯垢が嫌だからである。
これからやっつける相手ではあるが、キレイになってもらいたいっていう気持ちは同じ。
がぎぃん、がぎぃんっとスコップが歯に衝突し、嫌な汚れが一網打尽にされていく。
匂いがありそうなので呼吸を完全に止めておく。
こう見えて、私、5分ぐらいなら息を止められるのだ。
「ぬがぁあああ!?」
いつら噛みついても私が逃げるからだろう、業を煮やしたかのように怪物は大きな口を開ける。
先ほどの毒攻撃を仕掛けるつもりなのはすぐにわかる。
「マツ、今だよっ!」
目の前の敵が静止した瞬間を見計らって、私は待機していたマツたちに合図を送る。
口を大きく開けている今がチャンスのはずだ。
すると、1秒も立たないうちに怪物の口の中に何かが飛んできた。
あんまりにも早くて私の目には追えなかったけど。
「ぐおがぁあああああっ……!?」
10秒後、怪物は断末魔を上げて息を引き取るのだった。
ピカピカの歯だけを残して。
「勝った! 勝ったよぉおおおおっ!」
私は砦へとガッツポーズを送る。
もう何度目になるかわからない防衛戦だけど、今度もまた完全勝利なのである。
砦ちゃんのパワーに頼らなくても、私たちは強い!
私は自分が成長していることを実感するのだった。
◇ 栄光国の面々、青ざめる
「行け、あのメイドたちを始末してこい!」
栄光国の軍人たちは秘密裏にトルカ王国の北、辺境の砦を目指していた。
それは栄光国の高級軍人、ミミンの密命だった。
「ふふふ、ビクラムよ、砦の敵を蹂躙してくるのだ!」
出発の際、ミミンは不敵に笑う。
それもそのはず、ミミンが軍人たちに与えたのは、とんでもない魔獣だったからだ。
それは貪食のビクラム、ベヒーモスを品種改良して生まれた人工魔獣である。
毒を吐き出すことで敵の領地を汚染し、逃げまどう兵士を蹂躙する。
栄光国の兵士たちは砦を支配するメイドたちが逃げまどうのを期待していた。
しかし、しかし。
彼らは青ざめることになる。
貪食のビクラムがいとも簡単に崩れてしまったからだ。
一個師団以上の戦力を有するはずの魔獣兵器が、わずか数人の少女の手によって陥落するなど誰が予想しただろうか。
「た、退却ぅううう! 皆殺しにされるぞっ!」
指揮官は急いで軍を退却させるのだった。
ここにおいて彼らの砦への侵攻作戦はあっけなく終了するのだった。
見事な負けっぷりである。
もちろん、上官のミミン・ミドガル・ミドガルドに大目玉を喰らうことは言うまでもない。
そして、悪いことはもう一つある。
このビクラムはとある魔獣使いから、ミミンが自腹でレンタルしたものだったのだ。
多額の損害賠償を請求されるであろうことをミミンはまだ知らない。
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