59.メイド男爵、マックスを叩きだして領地にもどる
「男爵、どうします? この魔導チェーンソーでもぶちかまします!?」
ドンドンとドアが叩かれる中、マツがえぐいものを持って現れる。
いや、私は平和主義のメイドである。
誰かを意図的に傷つけることはできないし、恨まれるのは嫌だ。
それに私は気になっていたのだ、マツのおばあさんの家が散らかり放題すぎることを。
脚が不自由でお掃除もままならないのだろうけど、メイドとしては気持ちが悪い。
「お、お掃除!? こんな時に何を言ってるんですか!?」
私の言葉にマツは信じられないって顔をする。
確かにそりゃそうだ、自分の命の危険が迫っているのに呑気なことを言ってるって思うだろう。
しかし、メイドとは生き方である。
職業ではないのだっ!
そんなわけで、私たちはこの家の中にあるお掃除用品で戦うことにした。
まずはドアを開けられた瞬間に洗剤ばしゃーん、それからモップで床掃除って具合である。
「やりましたっ! ぶっ倒れてますよっ!」
マツが嬉しそうな声をあげる。
何人かにモップが当たったようだけど、狙いはそこじゃない。
彼らの下にある頑固な泥汚れである。
私はメイドスキルである「投げモップ」で床をどんどんキレイにする。
「こんなところでやられるかぁあああっ!」
そんな中、一人、気を吐く人物がいる。
マックスである。
彼は相当怒っているらしく、剣を抜いて「うがぁおおお」などと吠えた。猛獣か。
「ひぃいい、あいつ、まだ生きてますよっ!?」
そりゃあ生きてるでしょ、洗剤を頭からかぶっただけだし。
マツにツッコミをいれたくなったけど、そんな暇はない。
私たちは次の持ち場へと移るのだった。
「出てこい! マツ・ド・サイエン・ティーヌ! 貴様を栄光国に連れて行ってやる! 僕に逮捕されるなんて光栄なことだと思うがいい! くそっ、目が痛い」
マックスは喚きながら家の中に入ってくる。
途中で乱雑に積み上げられた物品をなぎ倒しながら。
「それじゃあ、そろそろ行くよっ! いち、にぃ、の、さんっ!」
「でりゃあっ!」
私とマツは二人で力を合わせて物品の山を押し倒す。
なんでそんなことをするのかって?
ふふん、いい質問だね。
お片付けには色んな方法がある。
その一つに、今持っているものを全部、床にぶちまけて、本当に必要なものだけを回収するっていうのがあるのだ。
マツのおばあさんはきっと何がどこに行ったか分からない状態だ。
まずは自分が何を持っているのかを把握することろから整理整頓は始まるってわけ!
もちろん、ちょっと乱暴に扱っても大丈夫なものだけだよ、こんなことをしてもいいのは。
「ぬっごわぁあああああ!?」
雪崩のような物品の山の襲撃に巻き込まれ、マックスは生き埋めになってしまう。
もっとも絶妙に急所は外してあるし、たぶん、息もできる。
さぁて、ここでマツの登場だよ。
「ぬひひひひ、さっきはよくもやってくれたねぇ。今度は私がお前をいたぶってやろうか?」
マツは迫真の演技で近づく。
ティストさんの車いすに乗って、いかにもおばあさんっぽい声で。
「ひ、ひぃぃいいいい!?」
マックスは悲鳴を上げると、なんとか物品の山を抜け出して走り去る。
洗剤でドロドロになった顔にはいつかの美青年の面影は一切なかった。
外を見てみると、栄光国の兵士たちもみんないなくなっている。
「お掃除完了ってね!」
「きったないゴミでしたねぇ」
私とマツは抱き合って喜ぶのだった。
◇
「マツさん、おばあさんがかなり危ない状態ですっ!」
しかし、いつまでも喜んではいられない。
メイメイが私たちのところに駆け込んできたのだ。
私たちはおばあさんを救護している屋根裏に向かう。
物がぎっしり詰まっていて、やたらと窮屈だった。
「ポイナ、おばあちゃんは!?」
「ガザシーちゃんで発作は止まったんですが、やばそうな雰囲気ですっ! 脚がダメになってて血流が……」
マツの声にポイナは難しい顔をして答える。
おばあさんはスライムに首から下が埋まった状態で眠っていた。
彼女の言うとおり咳き込んではいないようだが、顔色はよくない。
父母の死に立ち会った私は分かる。
これは相当、よくない。
「なんとか、なんとかできないのっ!?」
マツは泣きじゃくった様子でポイナに縋り付く。
気持ちはよくわかる。
誰だって自分の大事な人の死に目に会うのはつらい。
最後の最後まで諦めたくない。
「……そうだ! もしかしたら、入り口にあったドンガラ草の標本が役に立つかもしれませんねっ! キッチンにあった黒ドラゴンの皮も! それ以外にも必要な素材があるかも!」
ポイナは難しい顔をしていたが、急に何事かをひらめく。
彼女いわく、呼吸を落ち着けるためにこの家にあったいくつかの素材が役に立つかもしれないとのこと。
「わ、私、探してきますっ!」
「私も手伝うよっ!」
「私もやります!」
居ても立っても居られない様子で、マツはすっくと立ち上がる。
確かに、色んな素材の名前を言われても私にはわからない。
だけど、私にだってできることはある。
それは家の中で探し物をすることである。
普通の人はめちゃくちゃに物が溢れているこの家の中から目当てのものを探すのは難しいだろう。
しかし、私ならできるのである。
このメイド学院首席卒業の私ならばっ!
あ、今のは別に学歴自慢とかじゃないよ?
別にそう言うのじゃないからねっ!
そんなわけで私とマツとメイメイは階下へと向かう。
先ほど派手にひっくり返したので、メイメイの馬鹿力はたいへん頼りになるのだった。
「あったぁああ! これだっ!」
「よぉし、お次はドラゴンの皮行きますよっ!」
私たちは必死の思いで素材をかき集める。
見たことも聞いたこともない、摩訶不思議な素材である。
マツがいなかったら何が何だか分からなかったと思う。
そんな調子でがんがん探すと、十分ぐらいでお目当てのものは全部探し出すことができた。
「よぉし、やりますよぉっ!」
ポイナはそういうとスライムの中に集めた素材を全部投げ込み、ぐるぐると回転させる。
おばあさんを中心に配置した、禍々しい魔導装置のようである。
素材が怪しく光り始めていて、悪い夢に出てきそう。
「ぐ、ぐぅむ……。ばばはまだ生きとるのかの?」
それからしばらくすると、おばあさんは目を開けるのだった。
その顔には少しだけ生気が戻っているような気がする。
ふぅむ、いい感じかもしれない。
いや、まだまだ予断は許されないけど。
「マツ、マツよ、お願いがあるんじゃ。わしをラプタンに連れて行ってほしい」
「は、はぁあああああ!? 本気で言ってるの、おばあちゃん!?」
後は寝ていれば大丈夫かなと思った矢先のことだ。
マツのおばあさんは寝耳に水すぎることを言ってくる。
マツとのやり取りを知っている私としては、おばあさんがラプタンに強いあこがれを持っているのは理解しているつもりだ。
しかし、だからといってこの状態で運ぶのは危険だろう。
「ごほっ、ごほっ、人間はいつか死ぬ生き物じゃ。それなら最後に悲願を達成したいじゃろ?」
おばあさんの顔色は相変わらずよくはない。
だけど、その瞳の炎に私は圧倒されてしまう。
たぶん、これまで生きてきた人生の時間がそこには反映されているのだろう。
「男爵……」
マツもおばあさんの固い意志に気づいたらしく、困った顔で私を見てくる。
健康のことを考えたら、家で寝ている方がいいのだろう。
だけど、不可抗力とはいえマックスを追い出しちゃったし、このまま家にいても逆襲されないとも限らない。
少なくとも、おばあさんをここに置いておくのは危険だよね。
「わかった、連れて行こう。私たちの砦を見せてあげよう!」
私は腹をくくる。
領主として、この場にいる全員の命の保証をしなきゃいけないのはあるけれど。
それでも、決めなきゃいけないときは決めるしかない。
「メイメイ、悪いけど運ぶの手伝ってくれる?」
「もっちろんです!」
私たちはスライムに包まれたおばあさんを箱に入れると、そのまま国境へと向かう。
箱には二重底の細工がしてあって、検問のやる気のない兵士には見破ることができなかった。
そして、私たちは砦に到着する。
ポイナが何度か看病していたけど、おばあさんの状態は悪くないらしい。
もっともあんまり外気に触れさせないほうがいいとのことで、私たちが接することはほとんどなかったけど。
「つ、着いた!」
「着いたよ、おばあちゃん!」
そして、私たちは到着する。
懐かしい我が領地、そう、私の砦に!
マツは喜び勇んで、おばあさんの乗っている箱を開ける。
最後に一目でも見たいって言う、その気持ちが報われますように!
「にょほぉお、これがティーヌの言っておったラプタンか、大きいのぉ!」
「は?」
「誰?」
ここで私たちは絶句する。
そう、箱から現れたのが全くの別人だったからである。
表情や口調は似ているのだが、なんていうか若返っているというか。
な、なにが起きてるの!?
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