猛獣
「ねぇ、あれが………」
「ぇぇ、ナイティー家の秘蔵っ子。」
「思っていたより大きいですね。」
僕は今、お城のパーティーに来ている。
本来なら来るつもりは一切なかったのだが、姉様が僕に合わせたい人がいるとのことなので、態々足を運んできたのである。
「どうだ。ヒッポ、楽しいか?」
「いえ、僕の身体を見て忌避している人達しかいませんから。不愉快です。」
我が国の人達の男性の好みは物腰柔らかな細い男である。
僕みたいな鍛えてぬいた身体の男はタイプではない上に、男は家と土地を守護するのが役割と思っている風潮がある。それも相まって僕は嫌うまでは行かなくても好かれてはいなかった。
「そうか、やっぱりお前を連れて来ない方が良かったか。」
本人も楽しんでいない上にこうなることも分かってはいたので、母は今までヒッポを社交界に連れて来なかったのだ。
「それに弱い人ばかりだ。」
ヒッポは会場の端でパーティーの参加者を見て点数付けをしていた。
此処には将来の騎士達も多くいる。ヒッポにとって将来背中を預ける人もこの中にいるかもしれない。
でも、このランクなら一人で戦った方がマシだとヒッポは考えていた。
「大人でも母クラスの人は見かけませんね。」
「まぁ、私はこの国でも最強の騎士だからな。世界でも私と張り合えるのはごく僅かだ。」
母は私と張り合える者が隠れているかもしれないと言っていたが、そんな事はないとヒッポは思っていた。
「ヒッポ、こんな所に居たのね。」
母と談笑をしているとマルサ姉様が人を連れて近づいて来た。
「ヒッポ、彼女が私の親友で主のナタリーよ。」
「ナタリー・キングスだ。よろしく。」
強いな。
ヒッポがナタリーと会って初めて感じたのはその体から漏れ出す凄まじい闘気だった。
それにキングスはこの国の王家の名だった筈だ。
「王女様ですか。初めてまして、ヒッポ・ナイティーです。以後お見知り置きを。」
「ふむ、男にしては鍛えているな。」
ナタリーの値踏みをする肉食獣のような目線にヒッポは寒気を感じていた。
ヒッポは初めて草食獣の気持ちを知った。
「いい男だ。我が婿に欲しいくらいだ。」
「お世辞でも嬉しいです。」
ヒッポはナタリーのつまらない社交辞令を適当に受け流した。
「我は本気だ。我の気持ちをガッシリ掴んでくれて離さないそんな男が我は欲しいのだ。」
本日2度目の寒気である。
ナタリーの目は本気であると言っていた。目は口ほどに物を言うとはこの事であった。
「やっぱり、ナタリーをヒッポに合わせるのは間違いだったかしら。」
ヒッポの内心の怯えに姉であるマルサは気がついていた。
「何より、肉は食べ応えがある方が我好みだ。お?」
「っ!」
ヒッポは反射的にナタリーがヒッポを撫でようとした手を結界で弾いてしまっていた。
弾かれたナタリーより弾いたヒッポの方が驚いていた。
「ほう。良い結界だ。騎士になりたいと言う話はマルサから聞いていたが、聖者としても優秀なようなだ。」
ナタリーはヒッポ自身を撫でられない代わりにヒッポの結界を撫でながらヒッポの結界の完成度に感心していた。
聖者とは騎士とは対象的に見られる職種であり、こちらは騎士とは逆で男性しかなった事がないものである。
「異性の身体を無許可で触ろうとするものではないですよ。」
「これは失敬。だが、これだけ拒絶されるとより触りたくなるのまた女性の本能だ。」
「っ!!」
ナタリーはそう言うとヒッポを結界を掴んで力づくで結界内に突っ込んできた。
「馬鹿げた力ですね。」
「あぁ、我はこの国で最強になる女だからな。」
ナタリーはヒッポの髪を触りながら現最強の前で宣言した。
「ほう、大きく出たな。ナタリー様。私を超えますか。」
「えぇ、超えますよ。そうだ!」
ナタリーは自分の師の問いに堂々と答えた。
そして、ヒッポにとっては物凄く嫌な予感をしそうな事を思いついていた。
「我が師を超えた暁にはヒッポを祝いの品として貰い受けよう!!」
「「はぁ?!」」
母とマルサ姉様はナタリーの提案を聞いた瞬間、鬼の形相に変わった。
「認めないわよ。」
「あぁ、認めんとも、ヒッポをお前のような野獣に渡してなるものか。」
「そうですか、それなら精々、我に越されない事だ。」
ナタリーはそう言って去ろうとしたが、それをヒッポが制止した。
「おや、未来の婿よ。どうした?」
「誰が婿ですか。さっきの条件に僕から一つ付け加えて宜しいですか?」
「………ふむ、良かろう。」
ヒッポは今日初めての笑顔でナタリーに言った。
「もし、母を超えた暁には一戦僕と戦ってください。そして、僕に勝ったら一生を貴方に捧げると誓いましょう。」
「ほう。」
ナタリーもヒッポの提案に猛獣のような笑顔で答えた
「良い、良い。我の婿であるならそうではなくてはな!良かろう!もし、我に勝ったらお主の望みを我の死力をもって叶えてみせよう!!」
これが後に最悪の夫婦と呼ばれる二人の初めて邂逅であった。