ヒッポの邪道
「勝手に諦めてるじゃない!」
ヒッポのマークの意識を確実に刈り取る一撃はワッサーによってギリギリ受け止められた。
マークの漏れ出ている冷気によってワッサーの身体が少し凍っていた。
今のマークに不用意に近づいたら敵味方関係なく凍らされるのである。
これがあるため、怒れる前より連携し難い状態だったが、そんな事を関係なくワッサーはマークを助けた。
「無茶するね。」
「うっさい!友の窮地に己の体の心配する馬鹿が!騎士なんて目指すかと思うか?!」
「それもそうですね。」
ヒッポはそう言うとワッサーを背後のマークごと殴り飛ばした。
「なんでこんなに力強いんや!」
結界で拳の破壊力はあげていても、さっきのは純粋な腕力だと受けてみて分かった。
男がこんな力を持っているわけがない。
ワッサーはそう断じようとした。
「うん?君たちも使っている身体強化の魔法だよ?」
「そんなわけ無いでしょう。お前の化け物はその結界と回復特化と聞いている。そのレベルの強化が出来るわけがない。」
マークはヒッポの化け物要素を聞いていた。
その事から結界と回復以外は通常の男性と同じだと判断していた。
でも、ヒッポの力は男性が出すには常軌を逸していた。
「たいした事はしてないよ。ただ強化率が低いなら素の力を鍛えたらいいだけでしょう。」
「「っ!」」
ヒッポは納得がいっていない二人と観客に見せつける様に上半身を曝け出した。
上裸の男に赤らめる一同だったが、そんな感情はヒッポの鋼鉄の山の様な筋肉を見て一気に冷静になった。
鍛え抜いた女性でもこれほどの筋肉を持っている者は見た事も聞いたこともなかった。
「生物的には男性の方が筋肉がつきやすいが、身体強化率が女性より圧倒的に低いため総合的な力は女性の方に軍配が上がる。なら、その筋肉を鍛えて、鍛えて、鍛えたら総合値が追いつくんじゃないって思ったんだー。」
「思いついても本当に実行する馬鹿はお前さんくらいだろう。」
そうかもね。とヒッポは笑っている。
ワッサーはこの筋肉を手に入れるにはどれほどの苦行をしてきたのかと戦慄していた。
やっぱり化け物になる奴は常人とは根本が違うとマークは改めて認識した。
「こんなに鍛えても総合的な力は女性の平均レベル。ここから更に工夫しないと騎士相手にはできないって不公平だよねー。」
本当に人生は残酷だとヒッポは痛感していた。
こちらが死に物狂いで手に入れた力を女性は大した苦労をせずに手に入れる人が大半である。
あぁ、本当に不公平だ。でも、だからこそそんな女性に勝った時は女性より何倍も達成感も、爽快感も、快感も違うと酔いしれていた。
「もう勝ったつもりか!」
そんなヒッポを見てマークは怒りながら言った。
「負けを悟っていた人がそんな事を言う?」
既に怒りが下がっている事を燃え上がっているマークを見てヒッポは言った。
負けると悟った心が怒りを鎮火させたのだ。
だから、また再点火しないといけないのである。
「うっさいって言ったやろ!私達の試合はこれからや!」
「残念だけどもう終わりだよ。」
「?っ!」
「な………に……」
立ちあがろうとしたら二人に急な立ち眩みが襲った。
観客の人達も一部を除いて二人が立たなくなっているのが分かっていない様だ。
「ほら、自分達の顔を見てご覧。」
ヒッポは鏡みたいにピカピカした円形の小型結界を二人の足元に投げ渡した。
「な……んや……これ……」
「チアノー、ゼ?」
「その通り。」
二人は結界に映る自分の顔を見て自分達の現状を知った。
二人とも顔が真っ青になっているのである。
この症状は酸素不足に酷似していた。
でも、換気が行き届いているこの場所で酸素不足なんて起きるわけがないと足りない酸素をかき集めて頭を必死に働かせていた。
「こう言う事だよ。」
なんでチアノーゼになっているのか分かっていない二人に教えるため、小石を拾って観客席に向けて投げた。
その小石は観客席にまで届かず手前で何かに当たった様に落ちた。
「そ、そういう……ことかっ。」
「理解した。僕は時間を稼いでいたんだよ。」
前の席の観客達が自分の闘技場に手を伸ばそうとすると手前で透明の壁に阻まれて手を伸ばす事ができずにいた。
ヒッポは試験開始直後に透明度と密閉度の高い結界を展開していたのだ。
二人に気が付かれない様にデカくしていたため、時間が思っていたより掛かったが、外の空気を通さない結界内部はドンドンと酸素が無くなっていったのである。
「なんで……お前、さん、は……酸素が、足りてん、ねん………」
「僕は元から低酸素でも動ける様に特訓していたからに決まっているでしょう。」
ヒッポは正面から倒せるならそれでいいが、自分の性能上そんな事は起きないと判断して如何にかして敵を倒す方法を考えていた。
そして、サワの魂を閉じ込めた経験が、魂を閉じ込めれるなら空気も侵入しない結界を展開する発想に至った。
元々、聖人の結界とは味方を守るものである。
味方の酸素を不足させる結界なんて必要性が皆無であり、それを封じ、攻撃転じる発想が思いつかなかったのだ。
「自分以外で使うのは初めてだったけど、君たちレベルなら知らなければこの戦法が通じると分かって良かったよ。」
「く、クソ……」
二人は気絶した。
それを確認したヒッポは結界を解いて新鮮な酸素を二人に送った。
「キャッ!」
「おぉ!」
「ちょ!」
二人に人工呼吸をするヒッポを見て、観客が湧き上がっていた。
元から殺すつもりはないヒッポは手速く済ませて終わらせた。
「プハッ!で、結果は?」
「勿論、合格だ。素晴らしい力だ。」
ヒッポは観客席から降りて来た学園長に合否を聞いた。
学園長は倒れたマークを一瞥する事なくヒッポに笑いかけて合格を言い渡した。




