奇跡の再現
「それでヒッポのその後は?」
「はい、その後は障害なく12時間後に完全に回復したのちに戦線復帰し結界を展開しました。精度、効果、強度ともに倒れる前とは段違いになっていました。」
「そうか、こんなに早く壁を超えるとはな……」
ヒッポの母であり、ナイティー伯爵家当主であるエレファは部下からの報告を聞いて思考していた。
結果として、問題は何もなかった。
ヒッポの覚醒を知った他国はナイトヘブンへの終戦宣言と一方的な賠償金を支払ってきた。
そこら辺の詳しい事は軍人ではなく、政治家の本文なので、興味のないエレファは話を聞いていなかったのが、ヒッポの奇跡を知って敗北を戦う前に理解したのだ。
腰抜けとは言わない。
自分だってヒッポの力を戦争に利用したら、どれほど厄介かが分からないほど愚かでもないと思っていた。
「これで平和になりますね。」
「ヒッポが生きている間はな。それより、奇跡の再現は可能か?」
軍人として平和になったのは良いことだが、それを見て腑抜けるのは間抜けでしかない。
この平和も一時的なものであり、ヒッポが脅威でなくなれば簡単に崩れる脆すぎる物なのだ。
それに感傷にしたるよりそんな空虚な平和を強固にする物の方が大事だった。
「ヒッポ様が言うにはサワの時より簡単ではあるが、完璧に出来るかは分からないとの事です。」
「研究と実験を繰り返して完成度を上げるしかないのか。」
ヒッポはサワが死んだ瞬間に結界の密度を極限にまで引き上げた。
それによって魂を天に昇らせる事なく、結界内に閉じ込めたのだ。
「問題なのは魂より記憶の方だそうです。」
「サワの場合は全身が微塵になっていたから。参考にならないのか。」
魂の確保と肉体への送還はコツをサワの時に掴んでいたヒッポはそこに問題ないと言っていた。
でも、問題なのは記憶の方である。
魂に記憶は保管されていない。
記憶の保管場所は肉体と脳である。
死んだ後、それがどうなるのかはヒッポにとって未知数である。
サワの肉体はほぼ新規にヒッポが再生させた様な物である為、この例にはならない。
「サワの場合はサラビアとヒッポへの忠誠が残っていただけなんだな。」
「はい。それ以外の事は親の名前も、培ってきた技術も覚えていないそうです。」
サワの蘇生には成功したが、記憶の方は消失してしまったのである。
サラビアの認識と名前、ヒッポのへの忠誠心は残っていたが、それ以外は何一つ残っていなかった。
後の治療で言語は注入することが出来たが、それまではサラビアの名前しか言えなくなっていた。
「これは問題だな。復活してもほぼ廃人みたいになっていたら蘇生させた意味がない。」
蘇生させても、赤ちゃんみたいな廃人になったら蘇生させた意味がまるでないのである。
いや、メリットが無いわけでは無いのである。
「身体能力と五感が上がっていたか、これに技術も残っていたのなら文句はなかったのだがな。」
「それでも、かなりの上昇率な上にまだ、成長の余地があるそうなので、育てたら死ぬ前より強くなるそうです。」
驚いたことにサワの身体能力が死ぬ前に上がっていたのだ。
ヒッポ自身は肉体再生時などに細工は一切していないそうだ。ヒッポの見解では魂が肉体の死と同時にランクが強制的に上がった事によってその入る器も自動的に上がったのでは無いのかと考えていた。
元々技巧派だったサワなので、蘇生前と同じになれば比べ物にならないくらいに強くなると予想できた。
「今回の大討伐は成功だが、マジックヘルも送還装置開発と成長している。今回の休戦も次の戦争に向けた布石の可能性は大いになる。」
休戦宣言時に支払われた金などはマジックヘルなどの大国としても安く無い賠償だが、それでも高いと言うほどでもなかった。
この賠償でナイトヘブンとの戦争が止まれるなら安い買い物だと考えているだろう。
「そこでワシら、年寄りの出番じゃな。」
「母様。」
沈黙を切ったのはずっとソファーに座って黙って茶を啜っていた老齢の女性だった。
この人こそ先代当主でエレファの母であるティラだった。
「孫の実験体に喜んでなろうじゃないか。」
「良いのですか?母様。蘇生出来るのか、出来たとして死ぬ前と同じと言うわけにはいかない可能性が高いのですよ。」
ヒッポの能力は戦死した騎士の蘇生より全て準備が整った場所での老兵を若返らせた状態での蘇生に使った方が良いと判断された。
「何を言っているのだ。ワシら騎士は自分の死期くらい正確に分かる。それを利用しての実験じゃ。何も憂う事なかろう。」
戦場で死と隣り合わせで生きてきた熟練した騎士は己がいつまで生きられるのかを感覚的に秒単位で把握出来る。
ヒッポの能力実験はそれを利用して、死期が近い老兵に治療を行うと言う物だった。
「それに若返りは昔から行われてきたものだろう。」
ティラの言う通り、ナイトヘブンでは昔から技術の失伝や戦力低下を防ぐ為に老兵や老人の若返りは実験されてきた。
それでも、成功例は少なかった。
「それも多少寿命が伸びただけじゃ。成功とは名ばかりのもの。でも、我が孫ヒッポなら出来ると思っておる。」
ティラは初の男子での孫であるヒッポをいたく気に入っていた。
だから、ヒッポの糧になるならこの死んだ後の肉体がどうなろうと良かったのである。
「分かったよ。母様。」
そうは言っても、ティラが死ぬまで後五年はある。




