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奇跡

八月の投稿は8月4日から投稿します。

八月から新しい作品も投稿するので良かったそちらも読んでください。

「本当に邪魔!」


「お褒めに預かり光栄ですよ!」


 二人の一方通行的な攻防は続いていたが、決着は一向に付かなかった。

 他の騎士達はただ見ていたわけではなかった。

 マッダーの狙いが徹底した早期決着でのヒッポ暗殺だとするなら、マッダーが向かう屋敷へのルートを防ぐだけで良いのである。

 速さで追えても実力差があるサラビアが邪魔に徹しているのも良かった。

 マッダーが他のルートから抜けようとしても他の騎士が邪魔している内にサラビアが追いついて邪魔をする。

 そうしていると勝手にマッダーが焦っている。

 騎士達にはその焦りが何からきているのかは分かっていない。

 でも、それがナイトヘブンの騎士への畏怖から来るものだと直感していた。


「くっ!この!」


 広範囲で吹き飛ばし体をバラバラにしても再生して着地して突っ込んで来る。

 その筆頭がサラビアだった。

 脳を潰されようと、眼球が壊れようと、脚がなくなろうと、魂はずっとマッダーを追いかけていた。

 絶対に逃がさない。ヒッポ様の元に行かせない。

 その想いだけで意識を常に持たせ続けていた。

 だから、他の騎士達とは違って再生からノータイムでダッシュが出来た。

 マッダーの魔法を行使した後の僅かな隙、コンマ何秒かの静止だけでマッダーに振り払われない様に追い縋っていた。


「耐えるね。もう限界だろう。回復魔法は精神まではすぐに回復は出来ない。君はもう限界だ。」


「ま、まだよ…まだ…私は……終わっていない。」


 今までにない集中による全身を使った捨て身の加速がサラビアでもマッダーに追いつけている仕組みだった。

 ヒッポの回復頼りの加速だと言う事をマッダーはすぐに看破していた。

 それも全身の痛みが消えるわけではない。加速する度にサラビアの全身は悲鳴をあげていた。

 身の丈の合わない力は己を滅ぼす。その崩壊をヒッポが補強していたが、度重なる崩壊で外壁(身体)は保てても中身(精神)はボロボロになっていた。


「サラビア!もう良い!私達と変われ!無茶し過ぎだ!そのままだとお前自身の心を壊す事になる!」


「ほら、先輩達も心配しているよ。そろそろ根を上げたら?」


「変わるわけないでしょう。役に立てなかったこの討伐任務でやっと出てきた私の役目なのよ。この役は誰にも譲らないわ。」


 サラビアに過っていたのはこの任務での失敗の数々である。ヒッポに汚名を返上する為に張り切った末での失敗の中にはヒッポが居なかったら死んでいたかもしれない重症級の失敗もあった。

 そんな度重なる汚名を返上する機会がやっと来た。ヒッポへの忠誠を示せる今年のラストチャンスである。

 このチャンスを掴めないなら、忠誠を示さないなら、死ね!とサラビアは自身の心に鞭を打って気合を入れた。


「そう、なら、此処からは本気で行くわ。」


 マッダーの纏う空気が一変した。

 サラビアはまだマッダーの事を舐めていた。自分でも死ぬ気で全てを賭けたら追い縋る事は可能だと思っていた。

 でも、マッダーはヒッポを塵も残さずに滅殺する為に力を温存していた。

 マッダーの中でヒッポの評価はここに来てから幾度も上方修正されてきた。

 絶対ヒッポはまだ切り札を持っている事、そして、その札を切らす前に滅殺しないと間違いなく化け物に覚醒する事と考えていた。

 化け物候補への絶対的な対処は追い詰めずに殺すことである。

 そんな事は百も承知のマッダーがサラビアに本気を見せた。それはサラビアも化け物に化ける可能性があると思ったからである。

 ナイトヘブンで最も恐ろしいのは化け物も、天才も、凡才も、素人も、等しく化け物になるチャンスが回ってくる事である。

 それを掴めるかは別として味方が嬲っていたナイトヘブンの村人が次の瞬間、化け物になっていた事例は確認されていた。他の国にはそんな事は数百年に一度あるかないかである。

 そんな奇跡がナイトヘブンでは数十年に一度起きるのである。

 はっきり言って馬鹿げた数値である。


「君が人である内に、ただの天才である内に殺す!」


「っ!」


 死

 それがサラビアの目の前には広がっていた。

 でも、心は幸福に満ちていた。

 これほどの魔法なら幾ら天才魔導士マッダーでも疲弊する。

 そうしたら、先輩達も付けいる隙も、倒す希望も湧いてくる。

 つまり、ヒッポ様を死んでも守るは叶うのである。


「え?」


 死を覚悟した攻撃の当たる一瞬前に別の衝撃がサラビアに伝わった。


「サ、サワ?なんで?」


 サラビアの目の前にあるのはもう原型どころかバラバラの塵程の肉塊になり転がる友人の姿だった。

 別の衝撃の正体はサワがサラビアを庇った拍子に生まれた衝撃だった。


 サワはマッダーを見て身体が竦んでいた。

 サラビアが頑張っているのを見ている事しかできなかった。

 友人として悔しくて、情け無くて、助けたかった。

 長年の友人だから気が付いた、サラビアの心は死ぬ気だと。

 マッダーの恐怖が告げた、マッダーはまだ本気ではないと。

 友情が恐怖で固まる体を無理矢理動かした。マッダーの本気を受けて自分が無事で済むわけがない。ヒッポ様の再生が届く前に死ぬ。

 でも、この場で死んではいけないのはサラビアだ。

 ヒッポ様をあの巨悪から守るにはサラビアが必要だ。

 なら、何も迷う必要はない。

 この命で親友も、主人も守れるなら本望!!


「くっ!行かせない!」


「薄情だね。もう少し仲間の死に注目してあげたら?」


 安い挑発だ。

 何を思ってサワがあんな行動に出たのかは理解している。

 だから、今は涙も流さない、悲しみの声もあげない。

 そんな事をしているなら、己の役目を真っ当しろ、友の為にこの道は通さない。


「チッ!時間切れか…」


「何言っているの?っ!」


 悔しそうに諦めの表情を浮かべるマッダーにサラビアは何を言っているのか理解出来ずに決死の顔で見ていた。

 相手を油断させるための演技かもしれないと考察していた瞬間、自分の背後から今まで感じたことの無い悪寒がした。

 その気配の先は自分達が守っていた筈のヒッポからだった。


「あの子、仲間の死は初めてね。誤算だったは医療に従事している子が人の死を見るのが初めてだったなんてね。」


 仲間の死が化けるトリガーになる事は良くある話である。

 でも、聖者として確固たる力を持つヒッポが仲間死に直面したのが初めてだったなんてマッダーからしたら予想外だった。

 今までのヒッポはその類稀なる才能で幾度も仲間の死を救ってきたからこそ、今回の仲間の死は自分の力不足と己を追い込んだのである。


「退くわ。」


「逃すかよ。こちらとら仲間を殺された上にこれから仲間が死ぬかもしれない状況に陥れられたんだぞ。」


 怒りに満ちた先輩騎士が逃げようとするマッダーに待ったをかけた。

 明らかに平常時とは違うヒッポの気配と後輩・仲間(サワ)の死で先輩騎士も、新人もマッダーに対して逃すものかと睨んでいた。


「おぉ、怖い、怖い。でも、無駄だよ。」


「クソッ!」


「バイバーイ。」


 マッダーの姿は一瞬にして消えてしまった。


「アイツら!送還の装置を完成させたのか?!」


「あぁ!クソが!まんまと逃してしまった!」


 先輩騎士や新人が悔しがり雄叫びを上げる中、サラビアはサワの死体の近寄り見つめていた。


「ありがとう。サワ。お陰でヒッポ様は守れたわ、そして、私も。」


 自分の力の無さ、親友を死なせてしまった己の情けなさに涙を溢れ出していたサラビアだったが、ふと声が聞こえてきた。


「まだ、諦めたらダメ。掻き集めて肉を、血を、必ず助けるから。」


 それは屋敷の奥にいる筈のヒッポの声だった。

 そして、サラビアだけでは無く、それは先輩騎士も、新人も聞こえていた。


「お前ら!ボーとすんな!サワの吹き飛んだ肉も!血も集めるぞ!急げ!」


 先輩騎士はそれが何になるのか見当も付かないどころか思考も放棄してヒッポの命令を聞いた。

 今まで人を救うのを諦めたことのないヒッポ様が何かをするのだなら自分達はそれに従うだけである。

 それに少し遅れて新人達も急いで近くに転がる塵程の肉を、水滴ほどの血を掻き集め始めた。


「待ってて、サワ。貴方の事は必ず私たちが救う。それがどんな形になっても。」


 回復や再生魔法の事をあまり知らないサラビアでも分かった。

 今からヒッポがするのは一か八かの勝負じゃない。成功する確信はある。

 でも、それはサワの完全復活とは呼べない代物であることも、復活してもサワかどうかも分からない者になる可能性が高い事もこの場にいる者全員が認識していた。

 それでも限りなくゼロに近くてもヒッポが助けると言ったのだから、諦めるなと言ったのだから騎士である私達が諦めていいわけがない。


「もう!周りにないな!」


「こちら!肉のカケラもありません!」


「こちらも!血の一滴もありません!」


「全て集まりました!」


「ヒッポ様!どうか!友を!サワを!助けてください!」


 皆、もう連戦に次ぐ連戦、そこからの大物との決戦で精も根も尽き果てていた。

 それでもやり遂げた。

 仲間を、友を、救う為に、一片の肉片も、一滴の血液も、見逃す事なく集めきったのである。


「再生魔法 原型再生。除霊魔法 完全憑依。復元魔法 御魂の形……………」


 ヒッポがそこから幾つもの魔法を唱えていった。

 その全てが最大出力の全力。

 唱えた魔法も最上位に位置する魔法の数々である。

 サワの血は何もないのにまるで血管の中を流れているかのように流れ始め、その周りに肉がへばり付くように再生が始まっていった。

 そして、ドクッンと心臓の重低音のある鼓動が周りの騎士達の耳に伝わった。


「サワ………お願い…帰ってきて……」


 出来たての手を握り、サラビアはサワに呼びかけていた。


「神聖魔法 輪廻切断、回帰転生。」


 ヒッポは最後の力を振り絞って魔法を唱え終えて倒れた。

 その事は結界の解除によって皆が理解した。

 前線はもう大丈夫だった。

 ヒッポ襲撃を聞いて急いで魔物を始末した上に、ヒッポ以外の聖者も待機な上、ヒッポが倒れた後、すぐに支援が出来るように準備していたのだ。

 ヒッポが回復するまで余裕を持って持つだろう。


「サワ……」


「サラ…ビア……?」


「サワ!!」


 サラビアの呼びかけに弱々しくサワは返事をして目覚めたのである。

 その瞬間、歓声が起きた。

 サワの復活と前代未聞も死者復活を成し遂げたヒッポの偉業達成の歓喜の雄叫び、そして、号泣だった。

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