鎧と要塞
「あのアリクイ。此処だけではなく、他でも暴れていたようです。」
此処は村の宿。時間は寝静まる夜だった。
今は昨日捕獲したアリクイを生物保護の人達が来るのを待っていた。
生物保護の人達は生物関連のプロである為、このアリクイの正体も知っている可能性がある。そこから辿れば今回の環境破壊の真犯人が見えてくる。
なので、ナイトナイト生物保護研究所に連絡したのである。そこでこのアリクイが他でも荒らしながらここまで来た事を伝えられた。
「なんでもドラゴンの肉を好んで食べるアリクイで、その食性から通称ドラゴンクイと呼ばれているそうです。」
この種は種類の少ないアリクイ種の中でも特に珍しく生息地も特殊な為、思っていたより犯人特定は早いだろうと考えられた。
「あのアリクイはヒッポ様ではなく、私達が倒したドラゴンを狙って舌を伸ばしたのね。」
自分に向けられた殺気が無かったので、ヒッポは回避不可能な至近距離まで舌を感知する事が出来なかった。
「ヒッポ様の結界が薄くなっていたとはいえ、結界を貫通するなんてヒッポ様が捕まえてくれなかったら危険な舌が縦横無尽に襲ってきたと思うと確かにこの危険度は納得だな。」
隊長が送られてきたこのアリクイの詳細な書類を見ながら呟いていた。
このアリクイの危険度はB。
熟練した冒険者や騎士でも死ぬレベルの危険度だった。
それは本来の実力を発揮したアリクイの危険性を表していた。
「おい!お前らは何処に行くつもりだ?」
宿で会議していたのは隊長含めた隊の中で統率している者達だった。
他の者達は各々が部屋で休んでいるか、今回の依頼での反省点をまとめていたりと過ごしている筈だったが、隊長達が話している部屋を静かに通ろうとしている隊員達がいた。
「いや〜風呂にでも入ろうかな〜って。」
「そっちにあるのは男湯だ。女湯は反対のはずだが?」
隊員の苦し紛れの言い訳が隊長に通じる筈がなかった。
「あれ?!そうでしたか?私達も疲れているのかもしれませんね。」
「待て。」
それでは〜とそこから直ちに離れようとした隊員達だったが、それを許す隊長ではなかった。
「お前達にはみっちり説教しないといけないらしいな。」
今、男湯にはヒッポが入浴中だった。
当主の御子息の清い身体を万が一にも覗かれる訳にはいかない為、隊長達が男湯に続く唯一の道と女湯を見張っていた。
今回のように女湯と間違えたなんて言い訳ができないように男湯と女湯の入り口は離されているのである。
「あれ?どうしたの?皆?」
「ヒ!ヒ、ヒ、ヒ、ヒッポ様!」
不埒な事を考えた隊員達には仕置きが必要だと部屋に引き摺り込もうした瞬間、ヒッポが風呂から上がってきたのである。
「ヒッポ様!此処は屋敷ではなく!出先の宿なのです!ちょっとはご自身の格好にも気をつけてください!」
「これくらい大丈夫でしょ?」
ヒッポの逞しい筋肉がハッキリ分かる薄着に熱った身体が絶妙な色気を醸し出していた。
「ブッハ!」
「しっかりしろ!気をしっかり持て!」
「大袈裟だね。」
今まで知らない無防備なヒッポの姿に興奮しすぎた隊員が鼻血を出して倒れてしまった。
それを見たヒッポは相変わらず大袈裟だなと思った。
前の隊でも同じリアクションとやりとりがおこっていた。
「ですが、何もなくても間違いが起こる可能性があるのに、ヒッポ様がそんな無防備では間違い起こそうと暴走します。」
「隊長でもですか?」
「うっ!」
注意する隊長に近づいてヒッポが純粋に聴きにきた。
その瞬間にふわっと良い香りと男らしい匂いのハーモニーが隊長の鼻腔をくすぐり、理性を削られていた。
隊員では一瞬にして理性がなくなりヒッポを襲っていた事だろう。隊長としての誇りと忠誠がそれを抑えていた。
「勿論です。なので、もう少し紳士らしい格好して下さい。」
「そっか〜。でも、そう簡単に襲えると思ってもらったら困るけどね〜」
コンコンと内側から結界を叩くようにしてその場からヒッポは部屋に戻って行った。
「結界を張っているんですね。」
「そういえば、ヒッポ様って防御魔法で結界術しか使いませんね。」
防御魔法には結界術以外にも対象の防御力を上げるものや相手の動きを阻害するものまで様々なものがあった。
でも、ヒッポがそれらを使っているところを見た事がなかった。
「使えないわけではないらしい。でも、結界術が防御魔法中でも最高硬度を誇るので、阻害はともかく、強化は使うことはないと言っていられた。」
結界術はその場から動けないことが唯一無二の欠点と言われている。
それはヒッポには当てはまらないものだった。
だから、ヒッポは強化を一切使うことはなかった。
「強化を鎧だとすると、結界は要塞だ。態々、要塞を動かせるのに鎧に力を注ぐ必要がヒッポ様にはないのだ。」
「まぁ、それはともかくとしてヒッポ様の裸体を覗こうとしたことをまだ許していないぞ。」
隊長達の話を感心しながらその場を自然と去ろうとする隊員達の肩を掴んで再び説教を開始したのである。




