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狐のスカーデが俺たちの前から去って数時間後。
俺とレイラは目的地であるクラムデリアの入り口、その門まであと300mという距離まできていた。
ここまでの道中、俺が願った通りに魔物やスカーデとの遭遇はなかったおかげで日の入り前に到着することができた。
「ようやく到着か……、長かった……。」
「そうですね……、今日は良く眠れそうです。」
体力的には俺はまだ問題ないが、先の狐のスカーデとの睨み合いで精神的にはかなり疲れている。
横目にレイラの様子を伺うと背筋は伸びているものの表情はやや硬い。
とは言ってもいつも真顔なことが多く今の硬い表情も微差なのだが。
「そういえば門についたら竜騎士団の団長さんを呼ぶんだよね?」
「はい。師匠はムーイルさんと言うお名前で呼び立てれば良いと言っていましたね。」
たしかに師匠はそう言ってたと思う……
師匠との会話を思い返して、俺はあることに気づいた。
「師匠さ、ムーイルさんに話通しておくって言ってたっけ……?」
レイラは右手の指を口元に当てて記憶を辿っている。
俺の聞き逃しだと良いんだが……
「言ってませんでしたね。」
「ちなみに呼ぶときの要件は……?」
「それも言ってませんでした……」
「もしかしてマズいのでは…………」
「た、たぶん大丈夫ですよ………………」
絶対大丈夫じゃない。
確認しなかった俺たちが悪いんだが、せめてどんな人柄なのか教えてもらうべきだった……
そんな不安と後悔を抱えてしまい頭の中で呼び立て文を考え始めるが、もう門は目の前のところまで来てしまっている。
溜息にも似た深呼吸で覚悟を決め、後のことはリーマン時代の自分の社会人力を思い出してなんとかするしかない。
そしてついに門番をしている若い二人の騎士の前に立つ。
「入国証を拝見します!」
元気のよい声と共に敬礼する姿は若さがありながらも堂々としている。
門番として長く責務を果たしてきたのかもしれない。
まずいな、入国証があるのか……ないぞ。
レイラに確認するように顔を見るが首を横に振られる。
「すみません。入国証は持ってなくて……」
「どこかで失くされましたか?」
「あ、いえ元々持ってなくて」
「元々ない?失礼ですがどこの国のお生まれでしょうか?」
入国証を持ってない時点で怪しいはずなのに丁寧に接してくれるなんて本当に異世界なのだろうかという疑問を持ちながらも、この流れはさらにまずい展開の前触れだと感じている。
さっさと団長さんの名前を出して取り次いでもらいたいが的確に質問されるせいでこっちの話ができない。
「国……はわかりません、俺たちはこの東にある森の中にある湖畔の家から来ました。」
どっかの移民のような答え方をしてしまった。
「森……?」
二人の若い騎士が顔をしかめる。
これは詰んだのかもしれない。
「まさか……『魔女の子』か……!!」
『魔女の子』、その言葉を発すると共に二人の若い騎士は手に持った槍の先端をを俺たちに向けたが二人とも小刻みに震えている。
俺たちは瞬時に身構えるが武器は抜かない。
話し合いは無理になってしまったかもしれないが敵意はないことを示すためにも武器は抜けない。
そもそも『魔女の子』が何なのかわからないとレイラと顔を見合わせるが、とりあえずはそのことを聞くよりも俺たちの目的を話してしまうの良いと思ったので目的を伝えよう。
「ちょ、ちょっと待てください!俺たちはムーイルさんという騎士団長に会いに来ました!」
「ま、『魔女の子』がムーイル様に何用だ! 殺しに来たのか!?」
殺しに来たならこんなに堂々と正面から来るわけないのに……
そう思いながらも何を言っても落ち着くことはなさそうな雰囲気だ。
このままヒートアップされるのは困るため、一度息を落ち着けて冷静に話を始める。
「殺しに来たなら正面からは来ませんよ。それに俺たちは竜騎士になるためにここに来ました。そのためにムーイルさんに取り次いで欲しいのです。」
「竜騎士…… で、では、シェネラを見せてください。」
まだ怯えているような声だが話は聞いてもらえてるようだ。
言われたとおりに胸の中心にある宝石にも似た魔石:シェネラを服を少しはだけて見せる。
これで落ち着いてもらえるかと思ったが
「あ、あの話は本当だったのか……!」
先ほどよりも二人の若い騎士は息が荒くなり震えは大きくなり怯えというよりも恐怖を浮かべた顔で俺たちを凝視する。
今にも逃げ出しそうな二人の若い騎士を宥め、冷静に会話することはもう不可能だと思った。
この後どうしようかと考え始めたところで
「お二人とも、そんなに怯えてどうしたのですか。」
二人の若い騎士の背後に立つ一人の老紳士の姿が見え、落ち着きつつもハツラツとした声で話しかけた。
声をかけられ、すぐさま振り返った二人の若い騎士は
「ムーイル様!! あの二人、『魔女の子』です! 言い伝えは本当だったんです!」
と今までの怯えや恐怖に安堵を乗せた声で助けを求める。
この老紳士がムーイルさんか……
「『魔女の子』? あぁ、到着したのですね。」
若いとはいえ騎士が『魔女の子』に怯えているのに対し、同じ単語でもムーイルさんには違った意味で解釈されたようだ。
「ウィレムさんとレイラさんですね。話はユーラから聞いています。少し早く到着したのですね。」
「ムーイル様! 何を呑気な! 『魔女の子』ですよ!?」
「バイロンさん、ギヌマさん、『魔女の子』の一部は嘘です。」
慌てる二人の若い騎士、バイロンとギヌマにさらっと嘘だというムーイルさんの目はまっすぐに二人を見ている。
「嘘!? 何が嘘なんですか!?」
「『魔女の子』は死人や幽霊ではありません。子供たちに言って聞かせる迷信なのですよ。あなたたちも幼いころに危ないことや悪さをすると森の魔女にいつの間にか連れ去られ、亡き者となって二度と帰って来られなくなるなどと言い聞かせられていたでしょう?」
たぶんムーイルさんの言うことは真実なんだろう、というか俺たちが死人か何かになってしまうので真実だ。
というかそもそも師匠からそんな話を聞いたことは俺もレイラもない。
その話を聞いてバイロンとギヌマは絶句している。
「ちなみにそこにいらっしゃるウィレムさんとレイラさんは魔女の子ではなく正しくは『魔女の弟子』ということになります。ある事情があって森で暮らしていたんです。怯えなくてもちゃんと人間です。私が保証しますので通してあげてくれますか。」
そうムーイルさんに言われ、バイロンとギヌマ、二人の若い騎士はこちらにゆっくりと向き直り
「申し訳ありませんでした!どうぞお通りください!」
最初の時と同じように元気よく敬礼をしつつ許可をくれた。
俺とレイラはそのことに安堵し、構えを解いて門へと近づく。
「ウィレムさんとレイラさん、改めましてムーイルと言います。まずはお迎えが遅くなり申し訳ありません。門番との一連のやり取りは予測していたのですが間に合いませんでした。」
ムーイルさんは何も悪くないのに謝罪と共に頭を下げた。
そうされるとこちらも申し訳なくなる。
「あの、こちらも師匠に色々と確認が漏れていたので…… あとバイロンさんとギヌマさんのお二人も言い伝えのことがあったのなら仕方ないと思うので大丈夫です。」
俺の言葉に同意する形でレイラも頷く。
「ありがとうございます、優しいですね。では騎士団の詰所までご案内いたします。」
ムーイルさんの促され俺たちは歩き出したが、バイロンとギヌマは敬礼したまま石像になったかのように固まったまま、俺たちをしばらく見送っていたのが横目で見えた。
師匠……絶対『魔女の子』の言い伝えのことを知っていたはず。許さん。
入国に関して一悶着あるとは思ってなかったが一応、到着出来て良かった。




