94 さよならストーブ
「くそ、また消えた」
主様がそう言って僕のボタンを押した。
「温度設定十四にしないとちゃんと燃えないとかやってられねぇな」
設定温度十四。それは主様が不調な僕を気遣って見つけてくれた、唯一長く動ける温度だ。
他の温度だと、僕はすぐに咳き込んじゃう。そうしたら主様は部屋を少し開ける。
全部開けると部屋の方が寒くなっちゃうから。
「あーあ、もう変え時かぁ……」
僕らが出会ってからもう十五年。主様は、広告の品の目玉として売られていた僕を手に取ってくれた。
今でも覚えているよ。だって猛吹雪の中、外で体温の下がった震えた体で僕を抱えてくれたから。
毎年毎年、僕は忘れていない。
使う前には掃除をしてくれた事を。灯油が切れたら寒い、面倒だって言いながら、玄関で僕に灯油を入れてくれた事を。
失恋した時には僕を灯油まみれにして、家の人に臭い臭いって怒られてたよね。
灯油が目に染みるって言って、新聞で拭きとりながら泣いていたのも忘れてないよ。
「あ~さぶ。毛布でも被らないと駄目だな」
部屋の向こうから入ってくる風に堪えられなくなって戸を閉めて、毛布に包まる主様。
今日は今年一番冷え込む日だって言ってたよね。
主様が風邪をひかないように、僕も頑張るからね。
一生懸命頑張っていると、主様が気持ちよさそうに眠り始めた。
良かった。僕はまだ、主様にとって快適な温度を維持出来ているんだね。
でも、十四度でも咳が止まらなくなってきちゃった。
ごめんね、主様。もうすぐ僕は動かなくなるかも。
だから、最後の時まで、一生懸命に頑張るね。
この日の夕方のニュースで、岩清水家の長男が一酸化炭素中毒で亡くなるというニュースが流れた。