表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
なんだこれ劇場  作者: 鰤金団
96/166

91 マッスルヘルガデム

 ここはペッペラス美術館。

 ここにはとある人物が展示されています。

 サイドチェストのポーズで佇むその人物の名前はガデム。人は彼の事をマッスルヘルガデムと呼びます。

 生気漲る瞳。そして、骨にそのまま張り付いたかのように痩せ細った肉体。それでいて艶があり、ハリのある肌。まるで生きているような姿に、人々は皆心を奪われるのです。

 そして、彼が何故展示されるようになったのか。

 皆がマッスルヘルガデムと呼ばれるようになったのか。

 皆さんの目を借りて探っていきましょう。



 時は1750年。

 ガデムが居たのはカッサルガという農村だった。

 その農村では年に一度、農業で鍛えた体の美を競い合う大会が開かれていた。

 今でいうボディービル大会。

 ガデムは、その大会に殿堂入りするほどの筋肉強者だった。

 殿堂入りした者は、その年の勝者にトロフィー代わりの一番酒と呼ばれる樽を渡すという役目があった。

 五年連続の勝者が殿堂入りの条件であり、この年には五人の殿堂入りした者が大会の勝者を祝ったという。。

 年齢もあり、連覇時よりも肉体が衰えるのは仕方が無いこと。

 ガデムは一番の古株で、齢六十を超え、最年長であった。しかし、殿堂入りした者達の中でも、いや、大会参加者全員と比べても一番の筋肉美の持ち主だった。

 大会が終れば、皆が楽しみにしていた酒盛りが始まった。

 酒が入り、会場として設置された舞台はステージとして歌や踊りを披露する場所へと変わった。

 一年の労を労うように皆が楽しんでいる最中、事件が起こる。

 異常成長した巨大なバッファローが暴走して村に迫って来ていたのだ。

 まだ姿が見えずとも、何かが迫っていることは分かる。近付く地響きに、村人達は恐怖した。 そこに立ち上がったのは、今年の大会勝利者とガデムと残り四人の殿堂入りしている勇士。

 地響きを感じる方向へと進んだ彼らは、巨大バッファローの姿を見つけた。

 すると、一番手は自分が引き受けるとガデム。

 最も年老いている自分が、後輩達の道になればと考えていた。

 だが、五人は年寄りが無茶をするなと引き留めた。

「若い奴に殿堂入りは過去の栄光じゃないってのをおしえてやるぜ」

 と意気込み、突っ込んだのは、三年前に殿堂入りを果したイネッカ。

 現役の農民を舐めるなと、バッファローの角を掴んで踏ん張った。

 しかし、バッファローの重さの方が勝っているために、イネッガだけでは止められない。

 それなら次は俺達だと、十年前に殿堂入りしたハーツガと十五年前に殿堂入りしたミノール

が加勢に入った。イネッガの体を支えて踏ん張る二人。それでもバッファローは止まらない。

「ならばワシらは足だ。ナエーヨ」

「分かりました。イナーホさん」

 二十二年前に殿堂入りしたイナーホと共にバッファローのそれぞれの前足に掴みかかる今年の大会覇者のナエーヨ。

 しかし、五人の全力を以てしてもバッファローは止まらない。

 それどころか、バッファローが身震いすると、その勢いに抗えず、吹っ飛んでしまった。

 残るはガデムのみ。

 五人が頑張っても尚、バッファローに疲労の色は見えない。

 逃げる事が正しい選択だった。だが、背後にはカッサルガある。

 老若男女が避難しきれず、残っている。

 ガデムは、少しでも時間を稼ぐため、自分の命を燃やしてでも止めると決めた。

 誰よりも発達した全身の筋肉に酸素を巡らせ、ガデムは筋肉を肥大化させた。

 バッファローの角を掴み、自身の足で大地を踏みしめる。

 強者同士の互いに避けられぬ戦いだった。一歩も引けぬ戦いだった。

 ガデムは、後ろに動かされたなら、一歩進んで押し返した。

 五人がかりで駄目だった相手と、ガデムは拮抗していた。

 だが、彼は人の子。相手は獣の子。生まれ持った体力が違う。老い散るだけとなったガデムとは違い、バッファローはまだ咲き誇る途中。

 底を探れば、バッファローに分がある。勝機がある。

 それでもガデムは抗った。背後にある村を守るために。

 押し合いは長く続き、ガデムの体の中で変化が起きていた。

 力み過ぎて、体の内部が悲鳴を上げていた。自慢の肉体が萎んでいくのを感じていた。

 このままでは押し負けてしまう。

 ガデムは祈った。一瞬だけで良い。このバッファローを上回る力を出すのだと。

 自身の願いを叶えるため、ガデムは萎み続けていた自身の体に力を込めた。

 それは、筋肉を一瞬だけ最大に膨らませるだけの力だった。

 ガデムは、その一瞬でバッファローの体をひっくり返した。

 今日一番の地響きと、土煙が辺りを覆う。

「ガデムさ~ん」

 遠くの方から、飛ばされてしまった者達が集まってきた。

 土煙が止むと、彼らはガデムの姿に言葉を失った。

「あ、あれだけはち切れんばかりだった筋肉が……。筋肉が……」

 萎んでいた。詰まっていた物が無くなってしまったかのように、皮膚だけが皺一つ無く体に張り付いていた。

 皆がガデムの姿に動揺していると、ガデムはとあるポーズを取った。

 サイドチェスト。後にそう呼ばれるポーズを取ると、皆を守った誇りに瞳を輝かせ、動かなくなった。

 彼はその後、腐敗することの無い、処理を一切されていない、不思議な剥製として飾られるようになった。



 皆さん、如何だったでしょうか?

 こうして彼は、筋肉で地獄になるのを防いだ男として、マッスルヘルガデムと呼ばれるようになりました。

 彼は今も、代償を支払った肉体を誇りに思っていることでしょう。

 皆さんも、ペッペラス美術館にお越しの際は、この武勇伝を胸に彼をご覧ください。

 きっと人の輝きを感じられるはずです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ