90 シャ髪
「皆さんこんばんは。驚き!? 神秘の生態のお時間となりました。私、司会の岩清水です。そして、本日のゲストの方をご紹介しましょう。シャ髪の宿所さんです」
大人しい黒髪で、腰まで伸びているのが記憶に残る女性が登場。
頭を下げつつ画面にやって来る女性。
「初めまして、今日はよろしくお願いします」
「よろしくおねが――」
宿所の髪が岩清水の首に巻き付く。
「髪もよろしくと言っております」
「あ、これは挨拶なんですね? いやー、驚きました」
「生物それぞれに挨拶の仕方は違いますので、驚かれる方の方が多いんですよ」
「そうですね。何か粗相をしてしまったのかと焦ってしまいました。ぐえっ」
今度は岩清水の体に髪が巻き付いた。それもきつめに。
「こ、これはどのような表現なのでしょうか?」
「これはダチと肩を組んでいるのと同じ意味です。友情、でしょうか」
「つまりは友好を示しているという事ですね?」
「はい。因みに強めでしたのは、無意識のマウントですね」
「何気無い場面から自分の方が優位だという事を刷り込ませるということですか?」
「はい。そこがシャ髪の由来、所以になっているようです」
「諸説ある内の一つというこバッァ」
ボディに一発もらってしまう岩清水。
「今のは、グダグダ回りくどい自己保身に走ってんじゃねぇ! という喝ですね」
「これは手厳しい。宿所さんは何歳頃からシャ髪と共生されてきたングッ」
発言の途中でまた締め上げられる岩清水。
「今の締め上げは”さん“を付けろ三流司会者がっ!! ということですね」
「し、失礼しました。シャ髪さんとの関係は何時頃からだったんですか?」
「小学校の二年生くらいでしたかね。その頃に初めて髪を腰くらいまで伸ばしたんですよ。クラスメイトの男子が、私の髪に悪戯しようとしていたんですよ」
「悪戯ですか」
「はい。とは言っても、どうやら私の髪を切ろうとしていたようです」
「ちょっと度が過ぎていますね」
「問題のある子だったので。私はその時、友達とお話をしていて、後ろから近づいてきているその子には気付いていなかったんです。でも、突然後ろからハサミが落ちる音とその子が苦しむ声が聞こえまして」
「先程から度々締め上げられていた私と同じような状態になったという事ですね?」
「はい。そこからです。この髪がシャ髪であったと分かったのは」
「過去の例を調べてみますと、一定の長さにならなければシャ髪にならないそうですね。分かった後に短くしようとは思わなかったのですか?」
「思わなかったですね。憧れで伸ばし始めた髪でしたから」
「そうでグェッ。因みにグェッ。今の髪のグェッ」
岩清水が変わった鳴き声のアヒルのような喋り方をしているのは、途中途中で髪が彼を締め上げているから。
「これは、滅多な事を言うんじゃないと怒っています」
「何となく、それは分かりました。因みにですが、シャ髪との意思の疎通はどのようにして行われているのですか?」
先程から何度もシャ髪の気持ちを代弁している宿所に、皆が気になる質問を投げかける岩清水。
「髪が動く時に雰囲気で」
「雰囲気ですか?」
「ええ、雰囲気です」
岩清水は困惑した。お互いの間にテレパシーのようなやり取りがあるのかと思っていたから。
「あの、それって宿所さんが――」
言いかけて岩清水は身構えた。
「どうしたんですか?」
宿所はニコニコ顔で尋ねる。
「いえ、シャ髪が来そうだったので、つい」
「大丈夫ですよ。髪は乱暴者と誤解されがちですけど、ちゃんと筋が通っているんですよ」
これまでを振り返り、本当にそうだっただろうかと疑問に思う岩清水。
「グエェェェッ」
今までで一番きつい締め上げに、岩清水は今日一の声を出した。
「今、失礼な事を考えていたのではありませんか?」
微笑みの宿所が尋ねてきた。
(え、笑顔の圧が怖すぎる……)
答えるべきか悩んだ所で、番組終了の時間となった。
「ええ、それではお時間となりましたので、お別れしたいと思います。本日は、シャオラァッ髪。略してシャ髪についてでした。次回は三角巾デルタゾーンの生態についてを予定しております。では、また次回に」
締め上げられつつ、挨拶を終える岩清水。
「グエェェェッ」
「今のは、この世への別れは済んだか? という確認です」
暗転した後、小さめの音量でお茶の間にこのような会話が流れ、次の番組に切り替わった。