89 やみつき鍋
「今度の新しいお鍋のお味は~? う~ん、とってもやみつき!! 鍋武将食品のやみつき鍋の素、発売中です!!」
そんなCMが放送されて数週間後。
天気予報通りに気温が今季初の低さとなり、岩清水家も今日の夕食は鍋だねという話になった。
冷えた体を温めるように、家族で一つの鍋を囲み、暖まる。そんな光景を浮かべ、岩清水家の皆さんは仕事に学校にと出かけて行った。
岩清水家の妻はパート帰りに新商品のやみつき鍋の素と具材を購入し、家路に着いた。
子どもも寒い寒いと耳を赤くし、あれほど止めたのに意地で履いた半ズボンから見える太ももも真っ赤にして帰ってきた。
さあ、残るは夫の帰宅を待つのみ。だったのだが、ここで悲しいお知らせが。
夫の会社で問題が起こり、少々帰宅が遅れるという。
「なるべく早く帰るように頑張るけれど、先に食べてて」
妻と子を飢えさせ続けるのは心が痛むという夫の願いに応え、二人は先に夕食を食べることにした。
おいしい、おいしいと二人は鍋に伸びる手が止まらない。
お腹が膨れて食事を終えた頃、夫が家に帰ってきた。
「ただいま~。遅くなってごめんなー」
と玄関から居間へ向かった夫。そこでギョッとする光景を目にした。
空気が淀み、妻と子の様子がおかしいのだ。
「どうしたんだ? 何があったんだ!?」
妻の下へ駆け寄り、体を揺さぶる。
「あなたが頑張ってるのに先に食べてごめんなさい。お腹いっぱい食べてごめんなさい」
とても思い詰めたように言う妻。
「俺がそうしてくれと言ったんじゃないか。何を悪く思う必要があるんだ?」
「その優しさに甘えてたくさん食べてごめんなさい。私達だけ先に温まってごめんなさい……」
果ては泣き出し、それに釣られて子も泣き出した。
「泣かなくて大丈夫だぞ。お母さん、ちょっと疲れてるみたいなんだ」
子のフォローに入る夫に、子が言う。
「たくさんお肉食べてごめんなさい。野菜よりもお肉食べてごめんなさい」
「でも、野菜も少しは食べたんだよな? なら、全然食べないよりも偉いぞ。よく食べたな」
頭を撫でつつ、今までされたことも無い懺悔の言葉に対応する夫。
(何だ? これは一体、何が原因なんだ!?)
二人の言葉を思い出し、分析する夫。
(はっ、鍋かっ!!)
二人とも夕食に関して自分に後ろめたく思っていると気付いた夫は、二人の間にある鍋を覗き込んだ。
湯気は無くとも、まだ仄かに温かさが残る鍋には、少しのお肉と一人分には十分のお野菜。それと材料を足すには量に不安が残るスープが残されていた。
「これを食べてみれば何か分かるのか?」
匂いは問題無い。とても食欲をそそる良い匂いだ。空腹で帰ってきた夫の胃を刺激し、鳴き出させるには十分だった。
二人の様子から食べて良い物か悩む所だったが、空腹が不安を凌駕し、夫は菜箸を握っていた。
野菜を掴み、口に運ぶ。
「う、美味い。うまいぞぉぉぉっ」
米が欲しいが、よそいに行くよりも空腹を満たしたい。そんな欲求に体は支配され、あっという間に鍋の中は空になった。
「あらいけない。寝ていたのね」
「お腹いっぱいで寝ちゃってたんだー」
妻と子が目を覚ますと、夫が蹲り、涙を流していた。
「あなた、どうしたの!?」
「お父さん!?」
駆け寄る二人に、夫は言った。
「一緒にご飯食べられなくてごめんなさい。家庭より仕事を優先してごめんなさい……」
夫の言葉を聞いた二人は、そっと寄り添った。
お鍋を食べたことにより、一つの家庭の絆が深くなった。
寒い季節、お鍋にする際はぜひともやみつき鍋の素をお使いください。